研究はドラクエと同じで、パーティを組んでやるもの 〜「研究の職人道」を語る座談会(第2回)

研究はドラクエと同じで、パーティを組んでやるもの 〜「研究の職人道」を語る座談会(第2回)

新世代の優秀な研究技術者を大学・研究機関に確保し育てるために国や大学はどんな雇用形態、キャリアトラックを用意していくべきでしょうか?

「研究の『職人道』を考える座談会」シリーズでは、文部科学省 科学技術・学術政策局研究開発基盤課の中川尚志(なかがわ・たかし)氏と、北海道大学URAステーションのシニアURA、江端新吾(えばた・しんご)氏、藤田保険衛生大学・教授、サイエンストークス委員の宮川剛(みやかわ・つよし)氏をお招きして、文科省、URA、研究者の視点から研究技術者のキャリアはどうあるべきか?を語り合いました。司会はサイエンストークスの湯浅誠(ゆあさ・まこと)氏です。

第2回 研究はドラクエと同じで、パーティを組んでやるもの

湯浅 では宮川先生から、サイエンストークスの提言の中もありますが、リサーチアドミニストレーター、技術支援者のキャリアについてなぜアイディアとして提言に取り上げたのかお話いただけますか?
宮川 はい。なぜ僕がそもそも科学技術政策にかかわる意見をいろいろ出しているかから話します。僕はアメリカで研究をやっていて、日本に戻ってきて京都大学で若手テニュアトラックの独立ポジションにつきました。そのポジションで日本に戻ってきたときに、なんか日本の研究システムというのはいけませんなと感じて。無駄はたくさんあるし、理不尽なこともいっぱいあるし。もっと絶対改善できるはずだと思ったんです。
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そう思っていた矢先に民主党の「仕分け」がありました。あれで研究業界全体の予算が削られるという脅威にさらされましたよね。当時 僕は「神経科学者SNS」というソーシャルメディアの管理をしていたんですが、そこで日本の研究の仕組みがいまいちだという議論がぶわっと盛り上がったんですね。それを見ていた大隈典子先生が、せっかくそれだけ議論したんだから、それをまとめて提案したらいいんじゃないかとおっしゃって。
ソーシャルメディア上の議論を整理して、提言という形でまとめて、日本学術会議と、当時の名前でいう総合科学技術会議に提出し、総合科学技術会議主催の会でお話をさせていただいたりしまして。それがきっかけで、研究現場にいて政策に物を言いたい研究者にとっての提言の基盤になるような活動をするようになりました。日本分子生物学でも、「ガチ議論」という同様の活動をしています。
湯浅 先生、神経科学者SNS、ガチ議論、サイエンストークスと本当に様々なチャネルから科学技術政策に対する現場からの提言活動をされていますよね。
宮川 はい。その中でも研究コミュニティで巻き起こる議論の一つの柱が、人材に関する問題です。特に「ポスドク問題」はSNSでは誰もが関心を持っていて、盛り上がるネタですよね。日本の研究の仕組みの中に、突然ある時期ポスドクという欧米の仕組みが突然どかんと導入されて、その後にテニュアトラックという仕組みもボンっと導入されて。このあたり、日本人の特性や文化をあんまり考慮しないまま欧米の仕組みがいきなり導入されたことがそもそもの問題で、そのひずみが出始めたのが2006年ごろ。もう10年前ですね。
欧米のシステムが日本でうまくいかないからといって、じゃあ昔の研究室みたいな一子相伝制度に戻るのも違う。だったら新しい、日本にあった仕組みを考えないといけないと。そこで考えたんですが、まず日本人は基本的に終身雇用を求めていて、「失業の危機」というのがそもそも国民性として嫌いだと思うんですね。
湯浅 それは間違いないですね(笑)
宮川 間違いないですよね? 欧米の研究者は大学でテニュアを取らないまま研究を続ける人もいますし、企業に就職することにもあまり心理的な障壁がないですよね。でも日本人の研究者は大学にやたら残りたがるでしょう。国民性が全然違う。
日本人は、世間体とか周りを気にしますから、家族や親戚やコミュニティの中で、「大学院生やってます」とか、ポスドクで定職についてないみたいなことになると、今は「そんなプー太郎みたいなことやってるんですか」とか言われがちです。
湯浅 確かに。
宮川 昔は職も給料もない博士なんていっぱいいましたよ。オーバードクターっていって。しかし、ドクターってついてたら社会の中ではやっぱすごいって思われてましたよね。
湯浅 博士だから大学の先生、大学の先生イコールエライって感じで。
宮川 そうです。オーバードクターは給料とかむちゃくちゃ安いんですけど、社会的地位が低いという印象はなかった。昔は博士って少なかったからかもしれません。そしてちゃんと仕事をしていれば、わりと先生がそのうち職を斡旋してくれたんです。どこかの大学の助手とかね。そんなに人数もいなかったんで、待ってればなんとかなるって感じで、そこまで深刻じゃなかったんですね。
江端 2006年っていうと僕がちょうど修士過程の2年だった時ですね。当時ポスドク問題が話題になってはいたけれど、それでも博士課程に行く学生もけっこう多かった。修士で就職できなかった人は「就職浪人してます」ではなくて「博士に行ってます」と言えばある程度格好がつくような風潮がありましたし、博士課程の学生はかなり研究を進めてくれるから、「研究しながら就活すればいいから頑張ってみて」とかいっている先生方もいました。本当に研究を進めて博士になりたいという人は、途中で就活なんてしない人が多かった気がします。
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宮川 そういう人が、大学院重点化とポスドク1万人計画で一気に増えちゃったんですよね。 それで社会問題化して、一般の人まで知るところになりました。ようやく文科省の人も若手をなんとかしましょうという段階にきたと。
湯浅 中川さんは文科省にいらっしゃって、宮川先生と若手問題について共通認識を持たれていますか? ポスドク1万人計画で増えちゃった研究人材のキャリアをどうしよう、という部分を重点的にやっていこうっていう意識があるんでしょうか。
中川 2000年からやりはじめたライフサイエンス分野の重点化政策でポスドクの数がぶわーっと増えだしましたが、そのころドクターをとった人たちは、今10年ほど経って40代ですよね。その人たちのキャリアを安定させるための事業って、科学技術基本計画の第3期、第4期のときも継続的にやってきたと思うんですが、今の問題意識はどちらかというと、その下の世代である20代、30代で研究者志望者が減っているという危機感のほうが高いんじゃないでしょうか?
私の肌感覚としては、今40代になったポスドクのキャリアの問題が根本的に解決してる感じはあんまり持ってないですね。やっぱりこの世代の研究者にはある種の閉塞感がある。先日海外で活動されている 日本人の准教授と会って話したけれど、「俺、日本に全然戻る気ないよ」って言ってました。「日本の研究環境がよくない。魅力ない」と。
湯浅 宮川先生がアメリカから戻って感じられたことと同じですよね。それで先生は改革をしたいと提案を出されているわけで。
宮川 まさにそうなんです。そこで僕らが研究者のキャリアトラックとしてリサーチトラック、アドミントラック、マイスタートラックを導入すべきと提唱している理由になるんですが。
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さっき言いましたが、日本人は失業嫌い。だからといって、研究職が終身雇用になるとそれはそれで弊害がある。特に大学はその弊害が思いっきり指摘されてるところですよね。だから競争性もある程度確保されていつつ、雇用の安定性も同時に確保する仕組みはないのかということで、まずは研究者の「中央雇用」ということを提案しました。
そこで最初のころはいわゆる「研究者」としてのキャリアトラックだけを想定して議論を進めていたんですが、今の博士号取得者のポピュレーションを眺めてみると、みんながみんなPIになるかというと、それ絶対にありえないわけですよね。でも人にはそれぞれ異なる優秀な側面がある。
たとえば実験が大好きですごく上手だけれど、コミュニケーションが苦手で文章を書かせたらひどいなんて人もいっぱいいますよね。実験をやらせたらむしろPI候補の人よりも上手だったりする。だけどそれを論文に書けといっても書けない。だから第一著者としての論文の業績がとても少ない。こういう人はPIどころか助教にもなれなかったりしますよね。一方で、コミュニケーション能力がすごく高くて、学会や研究会を取り仕切るのがうまくて旗振りは優れているんだけれど、研究は割としょぼいな、みたいな人もいますね。
中川 やっぱり口だけでは、研究費はとれないもんですか。
宮川 口だけではとれませんよね。コミュニケーション能力が高くても、研究業績リストがすごくなければ、やっぱりPIにはなれない。
江端 でも後者の人のほうが、研究者キャリアではまあまあのとこまでいきませんか?
宮川 前者と後者では、どっちかというとPIに向いているのは後者かもしれません。一般社会や企業と同じですよね。委員会が好きとか、そう言う人ね。でも、実は委員会を開いたり科学コミュニケーションをやるのってすごく重要なんですよ。
研究現場ではそれぞれの異なる能力を持った人が活躍できる場がほんとはあるんです。ちゃんと分業したほうがいい。なのに、今はどうなっているかというと、研究もできて論文も書けてコミュニケーション能力も高い、というめちゃめちゃ三拍子バランスが整ったような人しかPIになれない。その人がPIになり、教授になると、原則的には研究にかかわる全てを全部自分でやらなければいけなくなっちゃう。教授が、チームリーダーが全部やる。これがめちゃくちゃ効率が悪い。 PIがやるべき仕事はぐっと絞ったほうがいいんです。
江端 わかります。だからリサーチアドミニストレーターという役割が重要なんだと思います。研究者の本分は研究で、世界トップレベルの研究を目指すべきなんだから、そうであれば事務とか余計なことはしなくてよいはずですよね。そのあたりのマネジメントは、全部リサーチアドミニストレーターや大学経営に関わるマネージャーがやるような体制が必要だという流れになっています。
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宮川 大学経営関連の委員会とか、どこの大学でもけっこうありますよね。その情報基盤をどうするのかとか、そこを教授がやったら逆にクオリティが下がると思いますよ。
江端 日本の大学では、教員や研究者が大学経営をやってること自体がおかしいのではないかと思います。
宮川 マネジメント・リスクがありますよね。アメリカは大学によっては研究業績がそれほど高くない、経営のプロみたいな人が学長になってたりする。日本は分業ができてないですよね。だから、大学経営なんかはリサーチトラックとは別に、そこに特化されたキャリアトラックというのもあるといい。世の中的には、そういうのがあったっていいじゃないかと思います。
湯浅 以前にサイエンストークスのイベントで先生がされていたプレゼンにありましたね。研究はドラクエと同じで、いろいろな能力を持った仲間がパーティを組んで行うもの。勇者がいるだけでは勝てなくて、仲間が必要だってことは、ドラクエをやってる子どもにもわかることです、と。
宮川 そうそう。研究はパーティを組んでやる、それが大事ですね。「クエスト・オリエンテッド」といいますか。途中で自分の役割が変わったっていいし、パーティ自体を変えたっていいわけですよね。フレキシブルにやらないと。
 
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