「独立系研究者」ってなんだ?!(5)
- Science Talks LIVEイベント報告日本語記事
- November 8, 2017
Science Talks LIVE、第1回のトークゲストは独立系研究者の小松正氏。大学の研究者でもなく、理系企業の研究開発ポストでもない、研究機関と直接個人契約を結んで研究に参画する「独立系」という第3の働き方とは? 独立の経緯から実際の研究の進め方、成果まで詳しくお話を伺いました。
クロストーク その3:一見関係ないテーマ、でも…?
テーマと自分の興味を“繋ぐ”
小山田 テーマのことなんですが、選挙ポスターの顔の分析だったりバイオロギングだったり、本当に何か共通項があるんだろうかと思うんですが。大学の研究者で考えると、博士号を取ってその延長上に研究のフィールドがある、論文のリストを見ても、だんだん変わっては来ていても何となく繋がって見える、そういう感じだと思うんですが、小松さんの場合言ってしまえばばらばらのような気がしなくもないんですね。その中に何か共通項というか、軸のようなものはあるんでしょうか。
小松 生物の進化や生態、生き物が持っている複雑性のようなものが私の元々の学術的興味なんですね。この観点で言うと一見関係なさそうなテーマでも、私の中では主観的には繋がっている、繋がるようにそれぞれの研究をコントロールしています。自分が研究の総括代表であればかなりコントロールできますし、一研究スタッフであっても、自分が担当する業務の成果物をきちんと出しながら、自分の興味とも合うように調整していく、そういうことをかなり意識しているつもりなんです。
例えばべき乗数は数学じゃないかと思われるかもしれませんが、人を含めて生物って、コミュニケーションで信号をやりとりしますよね。コミュニケーションは生き物の行動にとっては非常に本質的で重要なことなんですが、人だったら会話のデータ、他の動物だったら鳴き声のデータを収集するのはひと昔前だったらかなり大変だったんです。20世紀に録音、録画の機材が急激に発達して、それが動物の行動研究にかなり革命的な影響を与えることになりました。それでも人間相手の場合は、行動のデータは簡単には取れないと言われ続けて来たんですが、最近のSNSの発達のおかげで、初めて人と知り合って仲良くなってやり取りをして、時にはトラブルが起こってという人間同士の付き合いの経緯がSNS上に全部ログとして残っているんですよね。ヒトという動物のある種のコミュニケーションデータとして、これほどありがたいものはない。研究テーマを決めた後から遡ってログが取れますとか、昔だったら考えられないわけですよ。そういうわけでヒトのSNSデータは、動物の行動研究をしている人からも非常に注目されつつある。そういう学術的な興味がある一方で、例えば行政の立場の人が色々な予算を掛けて会議や審議会をやったとして、きちんとした議論ができているのか、いい加減にやっているのではないかと突っ込まれることがあります。言語分析の技術はこういう、議論の質の評価にも使えます。人間の言語からある種の特徴を抽出して、その特徴を数値化したときに、数学的なパターンに当てはまると分析がやりやすくなるわけですね。そこで最近よく出て来るのがべき乗則で、数学者の方とも協力しながら、テーマ自体も少しずつ変えながら、もう10年くらい取り組んでいます。SNSの話については最近研究発表をさせていただいて、情報社会学会で優秀論文賞もいただきました。数学がご専門の方にご指導を頂きながら、コミュニケーションを含んだ言語のデータを分析するかなり新しいユニークな手法を開発したことで結構評価をいただいたんですが、私からすれば人間を含めた動物のコミュニケーションの研究ができていますし、数学の人からすれば自分たちの理論をデータに当てはめてくれているということになります。生き物の研究をしていると、数学の人が作った手法をリアルな現象にいかに対応させるかというところを非常にしっかり考えなければいけないんですが、数学の人からすれば自分たちの理論が現実にリアルに繋がる結果になるので、凄く喜んでくれたし評価してくれました。
最近ではとある大手のSNS会社が、利用者の間で何かトラブルがあって未成年が犯罪を犯したりするとその度に会社の名前が新聞に載ってしまうということがあって、その対応としてネットいじめ対策のためのプロジェクトチームを立ち上げたんですね。多摩大学の関わりで私もそちらのチームに入れていただいて、SNSの会話分析を行うことになりました。ユーザーの中にセクシャルプレデター、性的捕食者という意味なんですが、未成年を相手にしておびき出して性的な犯罪を犯すようなグループがいるんじゃないかと考えて、そういう問題のあるクラスタの会話の特徴量をリアルな会話のデータを使って分析しようというときにこの数学的な手法を応用します。生物の分析に使うのと同じ応用のやり方です。そして分析が完了したらそのSNS会社の方で、成果物に基づいて対策に活動していただけるようになります。そういう感じで自分の中ではつながっているんですね。
民主主義の社会選挙は非常に重要ですが、社会科学、政治学の考え方では選挙というのはその候補者の公約の中身に応じて、適切な人を選択すべきだということになっています。ただ実際には人間の投票行動はもっといい加減なんじゃないか。まあ何となく分かりますよね。この辺りをしっかりとデータに基づいて検証した、社会科学の研究は今まで多くはありませんでした。これをどうしたかというと、公約の良しあしも勿論あるとは思うんですが、実は選挙のポスターが笑っているかどうかが、得票率に本当に関係したいたということを、データで実証したんです。この研究をする時に、人間の表情を数値化する必要があって、今の技術だと笑顔が一番客観的な測定が楽なんです。性別や人種、年齢を入れて、笑顔度の水準を数値化して得票率との相関を取ってやることで、顔の表情が有権者の行動に本当に影響するというのが実証できた。これが政治学の先生から、かなり画期的だと評価をいただいて、政治学分野ではかなりトップのジャーナルに載ったんですが、私からすると生物の形態分析というのは学部生の頃からやっている元々の研究テーマなんです。当時はアワフキムシという、植物にくっついて泡を吹いているセミに近いグループの形態分析をやっていまして、その分析に使っていた数学の手法は、相手が人間の選挙の候補者でも基本的には変わらないわけです。生物学の立場で言えば同じ技術を使っていても、政治学の方々にとってはかなり本質的な議論に役立つ成果につながるということなんですよね。生物と何の関係があるんだと言われるようなことでも、使っている数学的な手法が同じなら、そのまま当てはめて使うことができる。
これは経産省関連の予算で行ったプロジェクトですが、日本って省エネがかなり行くところまで行っていて、ほとんど絞り切った雑巾みたいでこれ以上もう水は出ませんというような感じになっていますよね。その上で更に省エネにしたいと思ったら新しいシステムを作らざるを得ない。そこで考え出されたのが、下水の温度を使った省エネです。下水の温度には人間の活動が関係しているので、夏場は外より少し冷たい、冬には少し熱いんです。温度というのはそこに温度差がありさえすれば高温から低温へ勝手に移動していきますよね。この性質を活用すれば省エネに使えるんですが、その時に下水の温度がそもそも何度くらいなのかということを予め予測できた方が色々と楽になるそうなんです。気象条件や観測条件によって変化するものの予測なので、ここでも生き物に使うのと同じ手法が使えるわけです。具体的には気象条件によって、生き物側がどうリアクションを起こすかを調べる時に用いる数学的な手法をそのまま使います。一見生き物が関係する研究には見えなくても、生き物関連の手法がそのまま適用できるんだというところを、このプロジェクトの最初の自己紹介でもたっぷり話しました。何故生き物の私がここにいるのかをちゃんと説明すれば納得してもらえます。
基本的には私はプレイヤー、つまり自分自身が研究員の立場になることが多いんですが、アドバイザーだけ頼まれるという場合もたまにあります。最近そちらで呼ばれたのは、環境庁が毎年花粉の飛散予告を春に出しているのはご存知ですよね。前回のこの検討会で、運営を受注している気象会社が今までと違う、新しいところだったんです。そこで花粉のヒスタミンの予測式が妥当かどうかについて、自分で予測式を作るのではなくて人の作った予測式に対して、ここをもう少し直した方がいいですよと助言させていただきました。これも環境に基づいて生き物がどうリアクションを起こすかという話ですよね。こういう次第で私の中では、一見すると関係がなさそうなものでも結構関係がありますし、関係するように仕立て上げる、そういう感じがあります。