「日本の研究費総額は足りていない」

鈴鹿医療科学大学学長・豊田長康氏インタビュー(1)

「日本の研究費総額は足りていない」
今回のScience Talks-ニッポンの研究力を考えるシンポジウム、第1回大会「未来のために今研究費をどう使うか」、登壇者インタビューで宮川氏に続くのは、鈴鹿医療科学大学学長の豊田長康氏です。
以前は三重大学で学長を務めていた豊田長康氏は、地域に根ざした大学作りを実践してきた教育者の1人です。自身のブログにて、地方大学経営者として、研究費の「選択と集中」による分配の弊害と地方大学の研究効率の良さなどについて、研究費にまつわる問題点を発信しておられます。(※以下、敬称略)


【湯浅】
 豊田先生、今日はよろしくお願いいたします。

【豊田】 よろしくお願いします。

【湯浅】 今回のシンポジウムでは、豊田先生には研究費が足りているのか、そしてその配分の部分について、お話しをして頂きたいと思いまして。

【豊田】 僕は研究力は、研究者の数×研究時間×狭義の研究費×研究者の能力の4つで規定されると考えています。まず、研究のインフラとして、人と時間とお金がないと駄目で、この3つはすべて広義の研究費で決まります。

日本の広義の研究費が果たして足りているのかどうかをどうやって判断すればいいのか。それには、日本国としての達成したい研究力やイノベーション力の目標が明確にされていることが必要です。目標が明確にされて初めて、それを達成するために財源が十分か不十分か、という議論になるわけです。

【湯浅】 はい。

【豊田】 たとえば、研究は直接的・間接的にイノベーションとして結実するわけですが、資源の少ない日本がイノベーションで食べていこうとすればイノベーションの質×量で海外との競争に勝つ必要があります。相対的に負ければ、日本のイノベーションや製品は海外へ売れません。

そして、国民が食べていけるかどうかという観点からは、国民一人あたりのイノベーションの質×量で国際的な順位を上げる必要があります。論文について言えば、国民一人あたりの質の高い論文数の国際順位を上げることが国家としての目標になると思います。実は、今までは、国の財政難から、研究費総額を増やす話はアンタッチャブルだったのです。

もうお金が増えるはずがないし、増え続ける社会保障費を賄うために、他の予算は減らされるだけだから、その中で我慢をしてなんとか努力をしろということで来たのですが、ここにきて、日本の論文数が停滞し、国際的な順位が低下してしまったのです。

【湯浅】 確かにそうですね。

【豊田】 日本の研究力の目標が、研究力の国際順位を下げることであれば、研究費は足りているということになりますが、国際順位を上げる、あるいは維持するということが目標であれば、研究費は足りないということになります。日本の国は、今までは量的な目標をほとんど掲げてこなかった。

掲げるとしても世界ランキング何位以内に何大学が入る、というような、研究費総額に影響しない目標ですね。これなら研究費総額を増やさなくても多くの大学の予算を削って、一部の大学に選択と集中をすれば目標を達成できる可能性があるので、財源への縛りを小さくしたい政府としては好都合です。しかし、「質の高い論文数」のように、日本の国の研究の質×量を反映する指標でもって目標設定をしないと、結局は世界との競争に負けてしまう。

【湯浅】 なるほど。

【豊田】 研究費総額の議論をそのタブーを破って議論しないと、もうどうしようもないのではないかというのが僕の考えなんですね。これは、総額を減らしつつ「選択と集中」によって、一部の限られた大学や研究機関の研究力を維持しようという政府の考え方と対極になるわけです。つまり、質だけではなく、質×量で世界に勝たないといけない。質×量の“量”の部分を議論しないといけない時期に来ているのではないでしょうか。これがまず1点です。

【湯浅】 質と量の、量。

【豊田】 そう。裏付けとなるデータとしては、論文数を増やしている海外諸国は、やはり研究費総額を増やしていますし、また、研究者の数×研究時間×狭義の研究費は論文数と直結しますが、それは、すべてお金に比例します。やはり、お金の総額を増やさないと質の高い論文数は増えません。

そういう根拠に基づいて、日本の限られた資源の中で、日本全体として研究者の数、研究時間、狭義の研究費などを含めての研究費総額をどう増やせばいいのかを考える必要があります。

【湯浅】 そうですよね。

【豊田】 限られた政府の財源の中で研究費総額を増やす財源を確保するためには、あらゆる可能性をタブーを破ってゼロベースで議論する必要があると思います。もっともこれは財務省の仕事ですけどね。まず、国の税収を増やすことで研究費を増やせるかどうか。

次に増え続ける社会保障費などの予算を抑制し、その分を研究費にまわせるかどうかです。これには国民の判断が必要です。研究費総額よりも社会保障費の増の方が大切であるという国民の判断であれば、これは、研究力の国際順位が落ちて、イノベーション力で三流国に落ちたとしても、国民が選択したことですから、しかたのないことです。

【湯浅】 社会保障と研究費…。難しいところですね。

【豊田】 今、国がやっていることは、国立大学の基盤的な運営費交付金を減らすことです。基盤的な運営費交付金は、基本的に教員の人件費を賄っていますが、それは教育費部分と研究費部分からなると考えられます。

今は教員の教育負担が減らない状況で運営費交付金が減らされていますから研究時間が減り、その結果、論文数が減るか、または停滞することになります。重点化されている一部の大学はその影響は小さいのですが、余力の小さい地方大学では大きな影響を受けています。

今のやり方では、基盤的運営費交付金の削減は、イコール研究費を減らしていることと同義です。まずは、運営費交付金の削減によって広義の研究費を減らすことを止めること、これが第一です。

【湯浅】 運営費交付金の削減が進めば、研究力は落ちてしまうと。しかし維持するとなるとどこから捻出すればいいのでしょうか。

【豊田】 大学の教職員の給与を削減することは、実際に民主党政権で行われたわけですが、優秀な教員の流出の影響を除けば、それほど質の高い論文数に影響しないのではないかと思われます。

この削減は、東日本大震災に必要な財源の捻出のためとされており、2年間の時限的な措置とされていますが、2年後にもし、給与を回復する財源があるのなら、そうせずに、それを広義の研究費に回せば、それだけ質の高い論文数は増えます。 是非の議論は別にして、国立大学の授業料を上げることも、研究費増の財源になります。

【湯浅】 授業料を上げる、ですか。でも、それって今の日本で可能なんでしょうか?

【豊田】 アメリカの大学はリーマンショックの時に、公的予算を削減されましたが、それにどう対応したかというと、授業料を上げたのです、一斉に。日本の国立大学は運営費交付金が削減され続けても、授業料を上げませんでした。その結果、アメリカの大学は研究機能をそれほど損ないませんでしたが、日本の大学は研究力の低下ないし停滞を招いたと考えられます。

特に地方大学レベルの研究力の低下に結びついたと。ただし、日本の場合は問題があります。授業料を値上げした分、財務省が「当然減」と称して運営費交付金を余分に削減する可能性があり、そうなれば研究機能の維持にとって、授業料の値上げは何の意味もなくなるのです。

【湯浅】 なるほど、授業料を上げてもそれが広義の研究費を全国的に底上げする意図でなかったら、効果はないということですね。

【豊田】 ええ。実際、研究費総額を増やすことは不可能なので、総額を増やさずに、あるいは減らしつつ日本の研究力を上げる何か良い方法はないかという議論は、今までにもさんざんなされてきたし、それに対する政府の結論は、上位大学への選択と集中だけです。僕は、研究費総額の増を伴わない選択と集中では目標は達成できないと考えます。

【湯浅】 先生はそこが上がると絶対日本の研究の質が上がっていくと考えてらっしゃるわけですね。

【豊田】 質×量がね。科学技術政策研究所の皆さんの調査でも、被引用数の多い論文書いている研究プロジェクトとそうでないプロジェクトと比較した調査があって、結局被引用数の多い論文を書いている研究プロジェクトは研究費総額が大きい。研究者もたくさんいる。

被引用数の高くない論文もたくさん書いている。研究期間も長い。その中でやっと被引用数の高い論文が出てくるんです。少ないところは、研究費や研究者数が少ないわけですよ。被引用数の高い論文を産生するには、結局お金もいるし人もいるし、被引用数の低い論文もたくさん書く必要があるんです。ですから、研究費総額を削って、質の高い論文をたくさん産生しろというのは、そもそも無理な話なんです。質の高い論文を増やすためには研究費総額を増やすしかないのです。

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