「アカデミアの論理」を壊し、創れ。 〜東北メディカル・メガバンク機構の研究広報DNA〜

「アカデミアの論理」を壊し、創れ。 〜東北メディカル・メガバンク機構の研究広報DNA〜

東日本大震災からの復興を目的に設立された東北メディカル・メガバンク機構。

県民を対象とした15万人のコホート研究というテーマがあるからこそ辿り着いた徹底した研究広報戦略を牽引するリーダーの経営哲学とは?


ー東日本大震災を経て、東北大学東北メディカル・メガバンク機構が設立されました。設立までの経緯はー。

それは一晩語っても語りつくせない長い話なので、きっかけだけを話します。3.11の後、最初の2週間は食べるものも、ガソリンも、水道もガスも足りなくて、本当に、毎日、構成員の安否確認や沿岸部などへの支援など、「生き延びる」活動でした。2週間ほど経って「復興しなければ」という意識になった時、じゃあ「復興」ってなんだろう?と考えたのです。

復興とは、壊れたものを元に戻すとか、倒れた本棚を立て直すことだけじゃない。これだけ傷ついてしまった東北大学と東北地方が、以前にもまして元気になるような復興をやらなきゃ駄目だと思いました。

震災当時、今の東北大学の里見総長は東北大学病院の病院長でした。里見先生は2011年3月から4月の間、太平洋沿岸部など県内各地から病院に紹介されてくる患者は一人も断ってはいけないという大号令をかけました。

里見先生は、大学病院は地域の中核として死力を尽くして被災地の医療を支えるから、研究科長の山本は研究の方で新しいことをやって復興を支えろという趣旨のことをおっしゃっていました。だから世界の最先端を切り開くような研究拠点を東北に作り上げて、それを核にして復興を成し遂げようと心に決めたのが設立のきっかけでした。

私が医学部長になったのが2008年の4月ですが、医学部の運営は旧態依然としていて、いわゆる「委員会」を中心に組織が動いていました。「委員会」は、ある意味で動かない組織の代表なのです。これじゃいかんと思って、基盤的な業務は責任を持った人がきちんと動ける「室」にしようと思いました。

そこで最初に作ったいくつかの室の1つが、「広報室」だったのです。大学の広報について語るときには、大学とはそもそもどういう存在なのかをよく考えてみる必要があると思います。日本の国立大学には21世紀の文明を世界に発信するための開かれた窓口としての役目がある。広報はある意味では大学の1番中心的な使命の1つです。

さらに、東北メディカル・メガバンク計画には15万人にコホート研究に参加してもらうという大きな使命があります。我々には宮城県だけで12万人のコホート参加者を集めるという目標がありましたが、宮城県の人口が約240万人ですから、実に県民の5%もの人、妊婦さんにいたっては全体の40%の人に参加してもらわなければいけない。

だからコミュニティに向かって私たちがどう考え、何をしているのかを広報していくこと自体が、まさにプロジェクトの基本であり根幹なのです。そのためにはあらゆるメディアを駆使して、1つの重要な武器として広報を使おうと考えました。

ー経営的視点から見て、研究広報にとって一番大切なことはなんだと思いますか?

広報に一番大切なのは現場の創意工夫です。ただ、何でも発信すればいいわけではなくて、方向性を明確に持ったものを発信しなければいけない。そのコンセンサスを作るところが、リーダーの1番大切な役割だと思うのです。広報の専門家の意見を聞きながら、目標を常に明示していく。責任は自分がとるとドンと構えて、現場の創意工夫を自由に伸ばしながら、同時に情熱のかけどころ、力の込めどころを要所要所で伝えていくのです。

私たちの機構において広報はある意味で研究者と対等な関係、いや対等以上な関係にある。そういう位置づけを機構の職員全体の意識に浸透させることも重要です。

もう一つは、研究広報とは社会と双方向的なものでなければいけないということです。そのために私が行った組織上の工夫は、広報と企画をマージさせたことです。「広報部門」じゃなくて、「広報・企画部門」。広報というのは社会との大学との間に立って戦略(=企画)を自ら作る人たちであるべきなのです。

もちろん機構が決めたプロジェクトから広報戦略を考えるトップダウンの企画もありますが、広報の人たちのもう一つの大切な仕事は、情報を発信される対象の人たちがどんな意見を持っていて、どう感じているかを吸い上げて私たちにフィードバックすることなのです。

広報というのは双方向で成り立つもので、自分たちが伝えたいことだけを押し付けるような一方的な広報をいくらやっていても、私たちの企画は良くはならない。「相手のニーズはなんなのか、相手のフィーリングはどうなのかを吸い上げて伝えてくれるのも広報の仕事なんだよ」、と言っています。当機構では、私がそんな無理難題を言って、それが自然にスキームになっているような気がします。

 

ーしかし大学は縦割り(セクショナリズム)が強い組織ですよね。機構で力を入れている広報ですが、東北大学全体にはどう広がりがあるんでしょうか?

さすがカクタスさんだけあって、トゲがあるいい質問ですね(笑)。確かに大学の中で1つの研究科や研究所、センターでの広報がうまく行ってるからといって、大学全体がうまくいくのだったら、それはもう苦労はないですよね。でもね、大学も変わりつつあるのです。

2004年の国立大学法人化の時ネイチャーが、「Nature Outlook」で日本の大学についての特集号を出したのです。「蜘蛛の巣(ウェッブ)が張っていた日本の大学が、ようやくスタートラインに立った」、いよいよ大学が競争的な文化に触れるようになったと記事には書かれています。私も取材されて、その記事に嬉しそうにニカッと笑っている写真が大きく出ているのですけれども(笑)。

あのころ、ようやく日本の大学も変わらなくちゃいけないというふうに考えるようになってきました。日本の大学の縦割り文化に横串を刺す1つの重要な仕事が、広報であり企画であると私は思うのです。だから広報や企画の部分を強化するということは、いわば組織のマネジメント論そのものなのです。

ー研究広報は、そして日本の国立大学は、これからの時代どうなっていくべきなのでしょうか?

組織が競争原理の中で進化してきたら、広報が重要視されるのは当然の流れです。これは企業だって同じでしょう?研究者が象牙の塔に篭って自分たちだけの「アカデミアの論理」でやっていた時代はもう終わりなのです。私は社会から支えられて、社会が投資に足ると思えるような大学を作り上げなければいけないと思います。いつまでも国からいただく運営資金だけでやっていてはダメなのです。そのための大切なアクティビティの一つが双方向の広報と企画機能だと思います。

誰にもわからない特殊な専門用語を駆使して、それで大学の自治だとか、アカデミアの独立だとか言っている場合じゃないのです。研究者が使う言葉は社会の人には伝わらない。「先生、あなたがやっていることは学術界以外では誰も理解していないし、評価されてないのですよ」ってことを社会の側から教えてもらわなきゃいけない。

社会の人々が「ああ、あの大学は頑張っているから、税金を投資する価値があるね」「あの研究から役に立つものが出てくるかもしれないから企業として投資してみてもいいな」と思ってもらわなければいけないのです。それなのに、市民や企業を低く見て、自分たちは学術をやっているのだから一段高いところにいるのだ、というのは違うと思います。

ですからサイエンスの広報では双方向性ということが一番大事なのです。社会に成果を伝えて、フィードバックをもらって研究に生かしていくことが大切です。この趣旨では、人文社会学は、もっと社会と近いところにいて、歯車を回していくところに直接関わっていくわけですから、すごく大事なのだと思います。

 

ー東北大学東北メディカル・メガバンク機構の将来像は。

私たちが作っているバイオバンクは、いわば社会のインフラストラクチャーです。研究をされる方、事業をされる方に、このインフラを使ってもらい、役立ててもらうことが大切です。基盤ができるのに10年。その後はその基盤を大切に守り、育てて、20年、30年、50年と使っていただきたい。息の長い仕事だからこそ、逆に人々から見て役に立たないものになったら、すぐにでも潰した方がいいと思っています。

いいものに育てるのは私たちの責任ですが、いいものだと判断したら、社会や企業や、色々な方々に応援していただきたい。そして、長く続けていく仕組みづくりを助けていただきたい。そうやって、50年続くようなものを作りたいです。

東北大学の医学部基礎棟のロビーにこんな書が掲げてあります。「仕事をして死にたいのだ。自分を変えるということはこんなにも難しいことなのか」。私が入学した頃から飾ってあり、作者不詳なのです。学生の頃は、下の句の方が気になった。徹夜で麻雀して授業に遅刻したりなんかしたら、「自分を変えなきゃいけない」なんて思ったものです(笑)。でも最近は、上の句に共感するのですよ。

「仕事をして死にたいのだ」、「仕事」とは、世の中のために、何かをするということ。東北メディカル・メガバンク機構を50年続けるとして、その前に自分は死んでしまいますけれど、今コホートに参加してくれる赤ちゃんが成人になるまで、私の後を引き継ぐ人たちがきっと見守ってくれる。だから、自分が生きている間ぐらいは頑張りたいですね。

東北大学 東北メディカル・メガバンク機構 機構長
山本 雅之 (やまもと・まさゆき)教授東北メディカル・メガバンク機構長。ゲノム解析事業部長。医化学分野 教授。東北大学ディスティングイッシュト プロフェッサー(2011、2015)。医学系研究科教授(医化学分野)。東北大学医学部卒業。同大学院修了(医学博士 1983 年)。1983 年ノースウエスタン大学博士研究員、1991年東北大学講師、1995 年筑波大学教授を経て、2007年より医学系研究科教授。専門は医化学、酸素生物学。

雑誌「ScienceTalks」の「東北メディカル・メガバンク機構の広報にかける東北魂」より転載。

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