研究者単身赴任子育てのリアル
- ダイバーシティ日本語記事
- July 1, 2019
未来材料・システム研究所 田川美穂准教授インタビュー
アメリカの研究所に夫を残し、保育園児の娘とお腹に赤ちゃんを抱えて名古屋大学に単身赴任してきたという田川美穂先生は、ワンオペ育児中に第二子を出産し、まだ保育園に入れぬ新生児を抱えながら早期復帰した壮絶な経験の持ち主。
子育てと仕事で眠れぬ日々の中、それでも研究者としてのキャリアを貫く姿には、この国の女性研究者が背負う未来の社会への責任が見える。
「キャリアを諦めない=単身赴任」の実情
私は2012年に幼い娘を連れて単身赴任で名古屋大学に着任しました。以前は夫と同じアメリカの研究所で研究をしていて、夫は今、他県の研究機関に所属しています。研究者のポジションは限られていて、全国に散らばっていますから、夫婦で同じ大学で働けるチャンスはほとんどありません。夫婦で研究者の場合、ほとんどは女性のほうがキャリアを諦めてポスドクや非正規雇用で夫についていくケースが多いんです。でも、私たちのネットワークにいる人たちは自分のキャリアも諦めていない人たち。
今は「キャリアを諦めない=単身赴任」は研究者夫婦にとって避けられない運命です。私自身、研究者のキャリアをどうしても諦めたくなかった。だから単身赴任を選びました。
産後1週間で復帰。代わりのきかない仕事
実は私、着任した時にちょうど2人目を妊娠していたんですよ。名古屋大学で研究を始めた時は、お腹に赤ちゃんを抱えて一人で家事をし、娘を保育園に預けて研究をしていました。夫はアメリカの研究所にいたので、出産前後の数日は来てくれたものの、その後は完全にワンオペ。ものすごく大変でしたね。
私、2人目を出産して、一週間後にはもう仕事していました。これは大学教員特有の悩みだと思いますが、大学教員って代わりがきかない仕事なんですね。特に学生の卒論や修論は専門的だから自分にしかできません。法的には出産後2ヶ月間は産後休暇なで正式な職場復帰はできませんが、赤ちゃんの世話をしながら論文指導などをしてました。産後1週間目から2歳半と0歳の子どもをワンオペ育児しながらの論文指導、これは、もう地獄でした(笑)。
出会いとネットワーク立ち上げの経緯
自分が2人目を産んだ時は周りに頼れる人も仲間もいなかった。寝不足が続いて、仕事も大変で、精神的におかしくなりそうだったんです。そんなときに、名古屋大学の教員で同じように単身赴任で子育てをしていた上川内さんと坂内さんに出会いました。境遇が似ている3人で一緒にお昼を食べていろんな話をしたら、みんな大変なんだってわかって、すごく楽になった。
それで、「大変なときは助け合おうよ」ってことで3人の小さなつながりからはじまったんです。そうしたら、いろんな方面から「ほかにも単身で子育てしている女性教員がいるよ」って情報が入って来るようになったんですよ。探してみたら意外にも学内に10人くらい単身子育てをしている女性教員がいて、みんな大変な思いをしているということがわかったんです。そこで、全員集めて一緒にランチ会を開いてみました。そこから、自然にネットワークが立ち上がったんですよ。
みんな忙しすぎる人たちですから、メーリングリストが1つあるだけで、特に活動があるわけじゃないんです。誰かが「ランチ会しましょう」と声をかけて時々集まったり、メールでグループに育児の相談をしたり。よくあるのが、「今日ご飯作ってられない!学食で子どもと食べたいんだけれど、誰かつきあってくれない?!」ってメールを送ると「行く行く!」って集まったり。学食で乳幼児2人に夕飯食べさせるってものすごい大変なんですよ!1人に食べさせていたら、もう1人がうんちとか言い出すでしょう?でも、子ども2人連れた親と一緒に2人で4人の子ども見るほうがずっと楽なんです。
仕事よりも辛い、母親プレッシャー
働きながらの単身子育てで何が大変って、実は仕事の辛さなんかよりも、PTAや保護者会で感じる精神的な母親プレッシャーのほうがずっと辛いんです。例えば、市の認可保育園はワンオペ育児の家庭を想定していないから、平日の夕方に保護者会の会議や行事の準備がある。普通は夫や両親に子供を任せて、お母さんが参加する想定なんですよね。
でも単身子育てだと、子供を保育園に預けたまま参加して遅い時間に一緒に帰るから、子供が夜型になってしまう。すると朝ぐずって…という悪循環になっちゃうんです。PTAも保護者会も、お母さんがやるのが当たり前になっているんです。父子家庭ではなぜか無条件で係をやらなくていいことになっているし。
私、週末に来ていた夫に保護者会のお祭りの調理係に行ってもらったら、他のお母さんたちに驚かれちゃったこともあるんですよ。仕事が忙しくて参加できないと、他のお母さんから「みんな子育てのためにキャリアを諦めているんだよ」って皮肉を言われたこともあったりしました。
でも、一人で子育てをしながら男性同様にフルタイムの仕事をしている身としては、納得できない。結局、世の中が女性がキャリアを追求して生きていくことに適応できていないんです。着任時期が悪くてうちは入れなかったんですが、大学関係者の子ども達をあつめた学内の保育園ではそういう活動がないからすごく楽なんですけどね。
それでも単身赴任子育てを続けられる理由
「研究が好き」というのが第一の理由ですが、それだけじゃなくて女性研究者としての責任感もあります。私が今諦めたら後輩の女性たちに示しがつかないって思うから。大学教員って、仕事としてはお給料や条件が他の仕事よりいいわけじゃないし、同じ学歴で企業に行けばずっと条件はいかもしれない。時間外労働だってたくさんあるし、入試の時期なんて毎晩遅くなるから東京に子供を預けて、仕事を一生懸命頑張ったあと東京まで迎えにいったりね。入試手当ては交通費で消えるどころか足りないぐらい(笑)。
経済的には、夫と住んで自分ができる仕事を見つけたほうが豊かなはず。でも、それでも研究者としての仕事を続けるのは、日本のアカデミアで女性がもっと活躍していかなければ未来が開けないという責任感によるものがもの大きいと思います。他のメンバーもきっとそう。みんな、「研究をなんとしてもやってやる。未来の女性研究者のための道を自分が切り拓いてやる」っていう、半端なく強い信念があると思います。私はニューヨーク州の研究所にいたんですけれど、女性が4割くらいいたし、もちろん子育て中の女性もたくさんいました。全然環境が違いました。これって、名古屋大だけの問題でも、大学だけの問題じゃないんです。日本全体をもっと改革していかなきゃいけないと思います。
自助グループを作ることの意味
当事者が自分たちでできることは自分たちでやろうって思うんです。大学は国からの予算がどんどん削られていますから、頼ってばかりはいられないじゃないですか。例えば、ネットワークでは新しく着任する女性教員が住まいを探す時に、「うちのアパートの3階空いているよ~」みたいなことを事前に情報として共有しています。これ、ネットワークの重要な活動の一つになってきています。
それで、今名古屋大学の女性教員ばっかりが住んでいるアパートがあるぐらいなんです。これを大学が単身子育て用の官舎つくるとしたら、予算採りからやらなければいけないですよね。そんなの待ってたら、子どもが大きくなっちゃう。だったら口コミでこのマンション占領しちゃえ!みたいな感じなんです。
男性社会と女性教員のキャリア
研究者の世界では、何歳までにキャリアのどこまで行っていなければいけないみたいな、暗黙のルールがありますよね。うまくレールに乗れないと、もう戻れないんですよね。そのシステムが、ちょっと女性研究者がキャリアを続けることを難しくしているかなって思うんです。あとは、子育てを経験されている男性が、なるべく上にいるようになることですね。
研究科長とか理事に子育てをしている男性がいたら、大変さを知っているだけじゃなく、どうしたら時間のない人たちが活躍できるのかを考えてもらえると思うんですね。私たちも、こうしたほうがもっと仕事できるんですけれどみたいなのがあるんですけれど、なかなか言えないんですよね。
研究者が子育てをするメリット
私、保育園から家まで帰るのに時間かかっちゃう時があるんですよ。例えば自転車に乗って家まで帰りながら「お月様きれいだね」って子供に言いながら農学部の茂みを通り過ぎたら、また見えた月を見て子供が「さっきのお月様とこのお月様は同じお月様?」って聞くんですよ。「同じだよ」って言ったんだけれど、「違うように見える」っていうんです。「じゃあもう一回観察してみよう」ってわざわざ戻って比較したりして。だからいつまでも家につかないんですよね(笑)。
子供は疑問の塊。暮らしの中で、いろんなことを不思議に思って、疑問をぶつけてきます。子供って生まれながらにして科学者なんですよね。日々の疑問を一緒に考えることって、すごく楽しいし、研究者である親にとって子育てから学べることはすごく多い。そして、研究者を親に持つ子供は小さい時から科学に触れることができる。お互いがお互いから学べることがたくさんあるんです。
雑誌「ScienceTalks」の「研究者のトゥ・ボディ・プロブレムと単身赴任ワンオペ育児」より転載。