愛される科学者、大学になる。その方法としての研究広報
- コミュニケーション日本語記事
- June 1, 2019
脳科学で科学コミュニケーションといえばこの人、と業界では誰もが名前を挙げるのが、東北大学の医学系研究科教授、大隅典子(おおすみ・のりこ)氏。ご自身の研究のかたわら東北大学本体の広報部と東北メディカル・メガバンク機構の広報部門・部門長を務め、東北大学広報を科学者の側から後押しする仕掛け人です。
お話を伺っているとつい引き込まれてしまう科学者としてのチャームの持ち主である大隅氏に、科学者の視点から考える科学コミュニケーション、研究広報の価値と意味について伺いました。
研究広報専門のインハウスチームを持つことの意味
これまでの大学広報って、総務課が必要に応じてパンフレットや印刷物を作ったりしているだけで、ステークホルダーに対して大学の魅力をどうアピールするかという戦略的な観点では行われていなかったと思うんです。デザインも、予算立ててページ数を決めて外注するだけ。それだと作品ごとに内容やコンセプトがバラバラで繋がりのないものになってしまいますよね。それじゃ効果がないですよね。
大学がインハウスの広報チームを持つ意味はそこにあると思います。第三者ではなくて自分たち自身が、自分たちのしていることの価値をどう売り出して行くかを考えられるから。PR会社に丸投げするのではなく、組織の内側にいる自分たち自身が広報に関わるということに大事な意味があると思う。
広報人材に力を入れることで、東北大学の本部の広報もこの5年ぐらいの間に急激に進歩してきました。本部グローバル広報チームでは、専任の英語ネイティブな職員2名と英語が堪能な日本人2名を雇用しています。その4人のスタッフが大学本体の事務職員の方達と連携して仕事をする体制を、震災から3、4年の間に作り上げたんです。東北大学のホームページのグローバル広報の部分は、日本の国立大学の中でも、私、ピカイチだと思ってます。
科学者ペット論と科学コミュニケーション
科学コミュニケーションということでは私、「科学者ペット論」というのを唱えていまして。科学者というのは要するに国民のペット的な価値があるという意味なんです。こんなに面白くてユニークなペットならちょっと飼っておいてもいいかな、と思ってもらいたい。そのためには、「ね、可愛いでしょ?餌をあげてもらえませんか?」と、その魅力を国民の皆さんに売り込みする必要があると思うんですよ。
研究室に閉じこもっている研究者を必ずしも否定するわけではないけれど、やはり社会とのつながりを意識できる人材は必要だと思うんです。スポーツや芸術の業界では、選手、トレーナー、ジャーナリスト、評論家など、いろんな人たちがコミュニティを作り上げてるわけですよね。
科学の世界はそれに比べると本当に一握りの科学者が自分の好きなことをして閉じている印象がある。科学者は昔みたいに大富豪のお金で研究をしているわけじゃなくて国民の税金で研究をやっているわけですから、「どうやって愛される科学者になるか」っていうことを考えるこがとっても大事だと思う。
実際、科学コミュニケーションの重要性については科学技術基本計画の第3期、第4期で文科省の委員をしている時から、研究者の立場からかなりしつこく訴えてきました。現場レベルでは、山本機構長から「医学部に広報室を作ろう」とお声かけいただいて初代の広報室長を勤めて、大学広報に関わる人材を充実させることを実現できたんです。
その時の人材が、科学コミュニケーションの専門家やウェブ担当、デザイナーの方など、現在東北メディカル・メガバンク機構の広報戦略室で活躍してくださっている方たちです。研究者の立場から広報の大切さをしつこく伝えて普及させることが私の仕事だと思っています。
科学コミュニケーションの難しさを知った子供時代
私、子供の頃から小学校の夏休みの絵日記とか、学級新聞とか作るのが好きなタイプだったので、おそらくはジャーナリスティックな興味がベースにあるんだと思うんですね。
もう1つの背景として、うちの父は実は鯨の研究者なんです。この何十年か、商業捕鯨が禁止されていますけれども、歴史的には、アメリカが黒船で日本にやってきたそもそもの理由は捕鯨の基地で物資を積み込むためだった。それが、ジャパン・バッシングの時代に日本を叩く1番都合のいい材料として使われてしまったんですね。
父は科学者側の立場から捕鯨の世界会議に毎回出席して、コントロールして捕鯨することで個体数が維持できると長年にわたって実証的に訴えてきました。それでも、どんなに科学的に訴えて事実を伝えても、世論は政治によって操作されてしまう。そんな父の姿を横で若いころからずっと近くで見ていました。科学コミュニケーションに関心を持ったのも、そんな父を見てきた経験があったからだと思います。
研究広報の光と影
研究広報が重要視されていることは必ずしもいい面ばかりではなく、悪い面もあります。ある部分では、研究が商業化に向かっているという問題もあると思うんです。例のSTAP問題だって、科学的な内容の面だけでなく、背景として研究の商業化という側面もある。STAP研究の記者会見は、研究業界の中でも、研究機関があそこまで力を入れたという珍しい例だったと思います。
STAPの研究広報は、不正がもし見つからずにあのまま進んでいたら、実に色々な広報展開があったはずです。例えば研究室の冷蔵庫にムーミンのシールが貼ってあったのはなぜか。あの年がムーミンの誕生100年だったんですよね。多分すごく綿密に仕込まれた広報戦略だったと思う。時代のヒロインとして、女性週刊誌のような研究業界に関わりのない媒体にまで訴求効果があるように広報戦略が立てられていて、本当にすごかった。
そういう商業性が入ってくるような側面についてどのように対応すべきかという点も、研究広報を進める上で気にかけておくべきだと思います。
東北大学と日本の研究広報のこれから
大学広報のステークホルダーって、ざっくり分けると3種類いますよね。研究大学として、最先端の研究をやることが大学の一番のミッションなので、研究者もしくはファンディングエージェンシー。次に次世代の学生さんたち。最後に市民。
東北大学は市民を意識した広報活動をかなりやってきました。サイエンスカフェもかれこれ100回以上の歴史があるし、今度東北大学病院のホスピタルモールにグランドピアノを置いて、月に1回ぐらい市民向けのピアノコンサートをやるんだそうです。
研究広報という意味では、今のグローバル広報チームは学内にかなりアンテナを張って面白い研究を見つけてきて、プレスリリースをはじめとするあらゆる媒体にキャッチされるよう活動していて、研究がメディアで取り上げられて二次利用されたりと、成果が着実に出てきていると思います。
でも海外の広報を見てると、まだまだやれることはいっぱいあると感じます。例えば、東北大学は学生や教員の90%が理系という超理系大学なんですが、理系の内容がわかって、なおかつ文章が書ける人材は、大学広報のスタッフの中にまだあまりいませんね。
大学から発信する科学広報にプロのサイエンスライターを採用しているケースも、海外と比べたらまだまだ少ない。そういう人材をもっと見つけて参画して頂けば、研究広報としてもう一歩先に進むんじゃないかと思います。
そのためには、本当は科学コミュニケーターを育てるところからやらないといけないと思います。アメリカのMITやハーバードには、科学コミュニケーションやサイエンスライティングのコースがあったりしますよね。日本でも北海道大学や早稲田大学が同じようなコースを作って養成を行った事例がありますが、そうやってちゃんと学部のカリキュラムや大学院レベルのコースで確実に人材を育てて行くべきだと思うし、その成果が早く出てきてほしいと思います。
雑誌「ScienceTalks」の「東北メディカル・メガバンク機構の広報にかける東北魂」より転載。