名古屋大学女性研究者の ミューズ
- ダイバーシティ日本語記事
- July 1, 2019
全てはこの人から始まった。
大学初学内保育園設立を皮切りに、名古屋大学の男女共同参画事業を大学の経営戦略にまで押し上げた、束村博子先生。
「束村先生がいてくれたから、今の名古屋大学がある」、女性研究者がそう口々に語る名大のミューズが、キャリアで苦境に立った時も負けずにポジティブに生きるヒントを教えてくれた。
自発的にできた「単身赴任者子育て支援ネットワーク」
湯浅 「単身赴任者子育て支援ネットワーク」はかなりユニークな取り組みですね。
束村 あのネットワークの一番面白いところは、大学主導ではなく自然発生的に生まれたネットワークだということです。子育て中の女性研究者が大学に赴任してくる場合、子連れで単身赴任するケースがすごく多い。同じ境遇にいる人たちがお互いを助け合うために自発的に作ったネットワークなんです。これは素晴らしいことだと思います。
湯浅 名古屋大学は男女共同参画が進んでいる大学として有名です。
束村 はい、名古屋大学の男女共同参画推進の歴史はすごく古いんです。1999年に男女共同参画社会基本法ができてすぐワーキンググループを立ち上げ、検討が始まりました。2002年度には他大学に先駆けて男女共同参画室を立ち上げ、それからずっと男女共同参画推進の取組を実施し、その間、4つの文部科学省の女性研究者支援事業に採択されています。大学主導で教職員のための保育園や学童保育を学内に作ったり、女性PI採用枠(女性限定の教授・准教授枠)を作ったり、子育て中の女性研究者への研究支援員配置制度など、できる限りの支援をしています。2015年には国連機関UN Womenの男女平等と女性活躍を推進する世界のトップ10大学にも選ばれました。
学内保育園、学童保育所設置にいたるまで
湯浅 束村先生は大学内の保育園と学童保育の設置にご尽力されたわけですが、そもそものきっかけはなんだったのでしょうか?
束村 女性活躍促進が大事ということは口ではみんな言うし、イベントや議論をするんですが、そんなの一過性なんです。行動に移してカタチあるものを創るべきと思ったんですよ。だから「名古屋大学の本気度をカタチで示したい!」って私が言い始めて、そこでまずは保育園つくろうってことになったんです。原点はそこからですね。
湯浅 どうして保育園だったんですか?
束村 当時大学構内に名古屋市の認可保育園がすでに一つあったんですが、第一に市の認可保育園は基本的に名古屋市在住の人しか利用できないから、市外に住んでいる人や外国から短期間来る研究者には利用できません。第二に、フレキシブルな運営をする保育園が必要と思ったのです。例えば土日にバザーやイベントへの参加が必要になったり、保育園運営に関わる時間が増える。そうなると、仕事が忙しいから保育園を使いたいのに、保育園のせいで仕事が増えてしまうことになり、一部の人にとっては敷居が高くなる。2人目を産むのを躊躇したり、あきらめたりということがあり得ます。もっと自由度の高い保育施設を大学主導でつくる必要性を感じた訳です。
湯浅 研究と授業をこなしながらのワンオペ育児って、並大抵の忙しさじゃないですよね。学童保育の設置はどういう経緯だったんでしょうか。
束村 女性研究者の離職のピークって、出産時だけじゃないんです。実は子供が小学校1年生にあがる時期に離職のセカンドピークが来るんですよ。いわゆる「小1の壁」です。保育園は延長保育が充実してきて、不測の事態の時には21時ぐらいまでの預かりも可能になってきましたが、小学校に上がると子供は早い時間に家に帰ってきてしまうので、ここで離職を考える母親が増える。この「小1の壁」を乗り越える方策として自前で学童保育を導入したんです。土日以外は毎日の常時保育を自前で設置したのは、企業も含めて日本で最初です。
湯浅 すごいですね。
束村 実は当初保育園を作ろうと思った時には、あわよくば自分も利用できるのでは?という期待もあったんです。でも保育園を作るのに周りを説得するのにかなり苦労して、最終的に4年半もかかってしまったので、残念ながら自分は年齢的に子供を断念せざるを得ませんでした。今でも子供を産むか仕事を続けるかの選択を迫られるのは女性だけ。でも本来は、仕事も子供をあきらめなくていいはずです。自分のような思いをする人がこれ以上出ないでほしいと思うし、そのために大学ができることがあれば、やっぱりやるべきだと思うんです。
ダブルインカムの強み
束村 「男女共同参画」って女性の活躍促進の問題だと思っている人も多いけれど、でも実はそうじゃないんです。今は男性の働き方も問われていますし、LGBTへの理解も進んでいます。性によらず、全ての人が輝くこと。それが私の活動の目的です。いろんな人にお話をするんですが、例えば湯浅さんは男性だから、こういう説明をするとわかりやすいかもしれない。以前に日経が男性対象に行ったアンケートで「上司にノーと言えますか?」という質問に、85%が「ノーと言えない」と答えたんです。
湯浅 男性の85%ですか。それ、かなり悲しいデータですね。
束村 そうでしょう?でも面白いのは、この回答者のうち40歳代の共働き夫婦だけを抽出すると、今度は逆に60%以上の人が「ノーと言える」と回答していたんですね。これがダブルインカムの強みなんです。この意味わかります?湯浅さんの家は共働き?
湯浅 うちは妻が結婚を機に仕事を辞めて、今は2歳の双子の育児に専念しています。
束村 夫婦のうち一人の収入だけで暮らすって、経済的な意味だけじゃなくて、苦しいと思うことありませんか?自分が万が一不慮の事故や病気になったりしたら家族はどうなるんだろうとか、不安があるじゃないですか。
湯浅 ありますね。経済的にもなかなか大変です。
束村 そうですよね。女性、女性というけれど、実は男性のほうが結構大変な部分があるんですよ。仕事を失ったら家族が露頭に迷うから、おいそれと上司にノーと言えない。やりたい仕事よりも収入が安定した仕事を選ばなきゃいけない。最悪の場合、リストラや倒産にあって職を失ったときに、家を売ってローンを返して、残りを妻に渡して離婚されました、なんてケースもありますよね。それってすごく怖くないですか?
湯浅 めちゃくちゃ怖いですね(笑)。
束村 パートナーはお互いの人生をリスペクトして支え合うべきでしょ?もし妻か夫のどちらかが「やりたい仕事があるから転職したい」って言い出した時に、「支えるから大丈夫、頑張って」って言える関係だったら、上司にも意見を言えます。ダブルインカムによって経済的な「保険」をかけておけば、お互いが自立して尊敬し合いながら生きていきやすい。子供が生まれたって育児休暇を利用すれば妻のお給料の7割、8割が家計に入るじゃないですか。こういう言い方をすると、男の人も「確かにそうだよな」って納得してくれるんですよ。「女性をもっと活躍させよう」って言ったって説得力がないんです。男性が自分のこととして問題意識を持ってくれないと社会は変わらない。
湯浅 なるほど、面白いですね。でも世の中には夫が働いて欲しいと言っても、仕事を辞めて家庭に入りたい女性もたくさんいます。
束村 もちろん人生はお金が全てではないし、自分自身の手で子供を育てたいという女性もいますよね。それはそれで結構だと思うし、自分の幸せのあり方は自分で決めればいいんだけれど、知識を持って覚悟の上で選択をしなさいと女性には言いたい。正規雇用と非正規雇用では生涯賃金の格差は1億円以上です。逆を言えば、たとえ人生の一時期、自分のお給料の全てをベビーシッター代につぎ込んだとしても、絶対あとで取り返せるってことなんです。一度正規雇用の仕事をやめてしまうと、あとで正規雇用に戻るのは至難の技。正しい知識と覚悟の上で、意識的に人生の選択をすることが大切です。
これから研究者を目指す女性へのアドバイス
湯浅 さっき研究室に入って来たときに思ったんですけれど、先生の研究室は女性が多いですよね。理系としては珍しい気もしますが。
束村 うちの研究室は全部で20人弱の学生がいますが、8割は女性です。男性は留学生2名と日本人1名の3人だけ。女性の先輩が多い研究室は、女性にとって入りやすいんですよ。
湯浅 8割はすごいですね。アカデミアは女性研究者にはまだまだ厳しい世界なんでしょうか?
束村 厳しいですね。私もずいぶん苦労したし、今でも苦労している女性研究者は多いです。自分は男も女の関係ないって思っていても、実際にこの世界に入ったら、周りは男性ばかり。この男性たちがどう思うかが問題なんだと言うことがわかった。もちろん女性活躍が大切だと思っている男性もいますが、まだまだ女性が少なく、良い意味でも悪い意味でも、女性は目立ってしまう。
だから、研究や教育に頑張れば頑張るほど、女性だという理由で叩かれることも多い世界のような気がします。だから地位が上がって苦労し始めた女性に、私はこうアドバイスするんです。「誰かがあなたを叩きに来たのは、あなたに実力がついた証拠」って。「このままだとコイツが上にいってしまう」って誰かが思うから叩かれるのであって、実力がない人なんて誰も叩かないですからね。そうは言っても、簡単じゃないですけれどね。
スーパーウーマンではなく普通の女性が活躍できる時代へ
湯浅 先生にとって名古屋大学の女性活躍促進は100点満点で今何点ぐらいですか?
束村 まだ60点くらいですかね。まだ女性の比率が圧倒的に少ないから。名古屋大学の女性比率は現在17.8%です。それでも、全国の旧7帝大のうちトップなんですよ。特に、意志決定に関わるトップに女性が圧倒的に少ないのが、名古屋大学だけでなく、日本の大学全体や企業においても、今後 解決すべき大きな課題です。
湯浅 どうしたら女性のリーダーがもっと増えるんでしょうか?
束村 それはね、「普通の女性」のリーダーを増やすことなんですよ。今は女性のトップ研究者ってスーパーウーマンしか生き残っていないでしょ。でも男性の教授には普通っぽい人がいっぱいいるじゃないですか。
湯浅 なるほど、確かにそうですね。
束村 エルゼビアの調査で、日本では女性研究者のほうが論文数が多いっていうデータがあるんですよ。興味深いのは、日本以外の国では、男性の方が論文数が多いこと。このことは、日本では極めて業績が高くないと女性は研究者として生き残っていないってことなんです。これっておかしいでしょ?
名古屋大学でも、女性研究者は極めて優秀だし、目立つし、バリバリ働く。そうするとね、女性はあれだけやらない駄目なんだっていう逆メッセージになっちゃうんです。女子学生さんが「あそこまで頑張らないと研究者になれない」、「あれは自分のしたい生き方じゃない」って思っちゃいますよ。普通に家庭を持って、子育てもして、ごく普通のおしとやかだったり寡黙な女性だって、普通に教授になってほしいと思うんです。でもこれ、すごいハードル高い。
湯浅 先生もバリバリ系ですよね。
束村 そう見えますよね。それがネガティブなメッセージになって欲しくないから、私は意識的に学生より早く帰るし、夜や週末はメールを送らないようにしてるんです。家に仕事を持ち帰ってでも・・。どんなに忙しくても、ちゃんと人間らしい生き方をしているように振る舞うんです。
だって私がしんどそうにしていたら、若い人たちが後に続かないから。 「先生、お忙しいでしょう?」ってみんな聞くんだけれど、「忙しくないよ!」っていつも言ってます。
湯浅 最近は「働き方改革」もキーワードになっています。研究者の働き方も、変わっていくべきなんでしょうね。
束村 研究の世界はまだまだ男性社会ですから、「研究者は世界を相手にしているんだから18時に帰るなんてありえない、土日休んでるなんてとんでもない」とか妙なことを言う人が結構いるんですよ。土日に平気でセミナーいれたり。だめなんですよ、そういうことしてちゃ。子育て中の人は出られないでしょ、そもそもそんな働き方だと効率悪いんじゃないの?って思うじゃないですか。女性研究者の割合がもっともっと増えることで、仕事も効率化できると思うし、研究者としての生き方も良い意味で多様化すると思います。
悲観主義は気分だが、楽観主義は意思である
湯浅 先生の強さの秘訣はどこにあるんでしょう?
束村 私、とにかく「ポジティブ・シンキング」なんです。アランというフランスの哲学者の、「悲観主義は気分だが。楽観主義は意志である」という言葉があります。私はそれを座右の銘にしているんです。もちろん落ち込むことはたくさんあるけれど、どんなに厳しいときにも絶対ここから学び取るべきものがあると、無理やりにでもその経験をプラスに変えるんです。押さえつけられたバネが、ポーンって飛び上がるみたいに、厳しければ厳しいほどエネルギーをためてるんだって想像すること。
それが自分の原動力になっているんだと思う。私はね、何か困った場面では、自分の斜め上にテレビカメラが回っていると想像するんです。自分をなるべく客観的に見れるように。「あんなことを言い返さなきゃ良かった」って後悔するとき、ありますよね。でも誰かに叩かれても、「私の不徳の致すところなので精進します」って言っておいたほうが、かっこいいじゃないですか。テレビドラマのヒロインになったつもりで、自分の姿を冷静にみるんです。これ、使えるでしょう。
湯浅 かっこいいですね。
束村 かっこいいでしょう?
湯浅 今日は先生とお話できて、なんだかすごく元気をもらいました。ありがとうございました。
束村 それはよかった。よくそう言われるんですよ(笑)
雑誌「ScienceTalks」の「研究者のトゥ・ボディ・プロブレムと単身赴任ワンオペ育児」より転載。