「科学と匠と芸術のコラボである模写の技術。もっとビジネスに応用できないか?」、というお話。〜未来研究トーク2015の記録(4)〜
- 日本語記事未来研究トーク
- October 7, 2016
「模写」の新たな価値を考える。
いま、東京藝術大学がアツいらしい。最近「最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常」(新潮社)なんて異色のノンフィクションも出版されていて、にわかに東京藝大ブームの兆し…でしょうか?東京芸術大学は言わずと知れた美術、音楽、映像分野をカバーする国内トップのアーティストが集まる芸術大学ですが、実は特に科学技術の観点からいま注目を集めているのが、「文化財保存学」。
文化財保存学とは、「文化財の保存修復と保存科学、保存修復技術を研究し、文化財の保存に寄与する」学問のこと。中でも「模写」は芸術活動の一環として、かつ芸術作品を時間・空間を超えて保存し広く人に伝える手段として行われてきました。模写には長い歴史がありますが、かつては全てが人の手で行われていた修復は、いま高度な人の手による専門技術と科学技術の融合によって進化を遂げています。この高度に発展した現代模写の技術、もっと社会に広めて役立てる方法はないのでしょうか?
今回の未来研究トークのトークゲストは美術品の模写の分野で第一線で研究をされている、東京藝大・特任講師の平 諭一郎氏。模写の技術の「コストを下げる」「新しい価値を付与する」「応用範囲を広げる」という3つの観点から、参加者と一緒に応用の可能性を探りました。
[aside type=”warning”] そもそも未来研究トークって?
「未来研究トーク」は2011年に科学技術振興機構(JST)の研究開発戦略センターが実施した情報技術分野の俯瞰プロジェクトに集まった学術界や産業界の若手で構成された「未来研究開発検討委員会」のメンバーを核にして、「俯瞰力と問題設定力の鍛錬」を目的に掲げて、定期的に行われている勉強会です。
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…というと、ちょっと堅く聞こえるかもしれませんが、取材した印象は「あたまを柔らかくしなやかにするための自己鍛錬道場」といった感じ。様々な分野で活躍する熱い思いをもった未来研究トークの若手メンバーが、本業を終えた後のアフターファイブに集まり、オーガナイザーが仕込むあらゆる種類のテーマに熱いディスカッションを交わしています。
東京藝大のものすごい模写技術に、新しい価値と応用の方法を見つける。
今回のオープニングトークは国立情報学研究所の宇野毅明先生。分野融合の会合で平先生に出会って模写研究と技術の話を聞いた宇野先生。「模写研究の話がすごく心に響きました。見たこともない凄い技術がある。凄い力がある。でもこの研究、応用先がなんだかよくわからない。」高度な模写の技術は、芸術作品の模写の目的にしか使えないのか?この技術を応用できる先はないのか?
「そこで今回、平先生と一緒に考えたい3つ課題があります。まず模写のコストを下げること。模写という技術の新しい価値観を律すること。それから応用方法。今日は参加者の方のための勉強会ではなく、この2時間で何かが生まれること、先につながる何かが発見できることを期待しています。」
最近の模写技術ってスゴイ!科学技術と人のちからが結集したリアリズム芸術を観よ。
さて、プレゼンを始める前に、平先生がテーブルにぼーんと置いたのがこの仏教寺院の壁画の一部。古〜いぼろぼろの壁画の剥がれた一部を持ってきた、ように見えますが…。
実はこれ、壁画の複製だったんです。しかもピカピカ作りたて。何百年も経過した壁画にしか見えない。これが複製、しかも新品とは。驚きです。
壁画の上に置いたうすーい紙。これに原画をデジタルプリンタで印刷して張りつけ、何百年も経って風に洗われたような風味を出すのだとか。これがデジタルプリンタを利用した作品とは、ちょっと想像がつかないですね。新しいものに再現するのではなく、あえて古く見せる。徹底的にリアリズムを追求する、これも重要な模写の技術なんです。
文化財保存学と模写の歴史。はじめは人の手によって模倣されていた。
話題提供者の平先生のプレゼンでスタート。そもそも文化財保存学とは、模写とは?という話から始まりました。
A reality of the ectype from miraikenkyu
「東京芸大は上野公園にあるんですが、まずは東京藝術大学について少しお話しすると、元は東京美術学校だったところに音楽科が合併してできた大学です。学生数3,302人しかいません。だいたい、東大の1年間の入学数ぐらいの小さな大学です。大学院に文化財保存学がありまして、それが私の専門分野です。大学院にいく人はそんなに多くないんですが、最近は博士号を取る人も増えてきました。私も初めて模写というものを大学院に行ってはじめました」
文化財保存学ってあんまり聞かない分野ですが、どんな学問なんでしょう?
「文化財保存学専攻は大きく分けて、保存修復と保存科学があります。保存修復の方法に、「模写・模刻」というものがある。東洋では、美術品や文化財は本物が時とともに朽ちていくから、それに代わる模倣物「模写・模刻」を作る、という考え方がある。絵、仏像、書など対象はいろいろです。模倣は修行や精神性、技術の伝達などを目的に行われてきた歴史もあります。例えば日本の有名な画家、横山大観も「山越阿弥陀図」を模写していて、時には模写なのに原本よりも値段が高いこともあります。」
横山大観の「山越阿弥陀図」模写(右)。
「こちらは「王羲之筆」。プリンストン大学附属美術館に所蔵されていますが、実は残っている王羲之の書は全て模写なんです。この書も一筆書きにみえますが、ちょこちょこ塗って作られています。」
模倣・模写の価値って考えてみると不思議ですね。実物の忠実な再現によって価値が測られることもあれば、模写した芸術家そのものの価値が上がることによって、原画の価値が再評価されることもあるということでしょうか。
ここで平先生は東京藝大で昔から行われている「売貨廊図」という中国の絵の模写のプロセスを詳しく説明してくれます。模写って、原画を横に置いて見ながら白い紙の上に見かけ通りに移していく作画の技術と全然違います。詳しくは上のスライドを参考にしていただければと思いますが、原画の色を忠実に写し取る色合わせ(3日作業)から、原画の写真をもとに残像を利用して絵画の線を写す上げ写し(100日作業)、絵を描く基底材準備(10日作業)、線を筆で描く骨書き(10日作業)、裏彩色・彩色(40日)、となんと1枚の絵を仕上げるのに半年かかる作業です。
文化財保存学は、サイエンスと匠と芸術の間にある。
ここで参加者から質問が。「文化財保存のときに、模倣作品にシミやシワを再現して古く見せる意味はどこにあるんですか?新しく見えるものじゃいけないんでしょうか?」
平先生「古さも含めてそっくりそのままを残すのが文化財保存の意味なんです。模写には「現状模写」と「復元模写」というものがあります。現状の作品を正確に後世に伝えるためには、時間が経過した作品であればそのままの状態も含めた模写が必要です。」
そのために、現状の原画がボロボロの見かけだとしたら、わざわざボロボロの材質にするために朽ちているっぽい素材をつかって模倣するのが現状模写、だと言います。古い状態の再現、までをするわけですね。
別の方からの質問。「これって、デジタルプリンタで印刷しちゃったほうが早いんじゃないんですか?」
平先生「デジタルだと、画面で写した色と実際の色は異なってしまうことが多いので、色合わせが重要になってきます。ただ、デジタルプリントを使っているケースもあるんです。たとえば、法隆寺金堂壁画の復元プロジェクトですが、デジタルカメラとインクジェットプリンタを利用し半年ぐらいかけて模写を制作しました。あれは先ほどの現状模写と復元模写の間をとったケースで、法隆寺の火事のあとの、焼ける前ぐらいの状態に復元した模写を目指しました。一人で手作業でやろうとすると12年ぐらいかかる仕事です。」火事の前のちょうどいい状態の複製を作るというのは絶妙です。今はプリンタの技術も模写に応用されているんですね。プリンタを使う理由はなんなんでしょうか?
平先生「模写の一番大事なポイントとして、線や彩色のある部分を再現することにより技術を学びたいという意図があります。でも実際には模写をするとき、9割方は背景のシミを書く作業をしていることになる。なので、線や彩色は手で、シミはプリンタで再現するんです。今は3Dスキャナや3Dプリンタで仏像を再現する技術もあるんですが、模写の分野でいうと再現精度が全然足りない。データで出すと形が甘くなってしまい、角がなくなってぬるっとした形になってしまう。なので今はまだ手作業で彫り込んでいかないといけない気がします。どちらにしても、最終的には手作業で微調整し仕上げるのが今の技術です。」
模写はビジネスとして成立するのか?模写の社会的実践と、ビジネス化へのハードル。
平先生は模写、模倣による文化財保存事業の有名な例として、アフガニスタンでタリバン・イスラーム原理主義勢力が破壊したバーミヤンの大仏と壁画の修復を取り上げました。ドイツの研究者のもっていた大仏天井壁画の3Dデータや小さい記録写真などから忠実に復元作業を行った例です。他にも、模写の技術は文化的な意義のある様々な活動に利用されています。
例えば、キャノンが出資して、京都のお寺から流出した美術品を複製する「綴プロジェクト」、徳島にある、美術館の中の作品が全てレプリカであることで有名な「大塚国際美術館」。そのように、企業が出資してて模写をビジネス展開しているケースはいくつかありますが、根本的な問題として模写の製作にはコストがかかり、大量生産ができないという問題があるそう。
この東京藝大がもつ模写の高度な技術、文化振興活動以外にもっと広く応用できないんだろうか?というのが今回のディスカッションのテーマ。どうしたらビジネスになりうるんでしょうか?参加者が2つのグループに分かれてアイディアを出し合いました。
恒例の参加者ブレスト会議。実用化できるアイディアは生まれるか?
理系の研究者メンバーの多い未来研究トークならではの科学的な観点からのアイディアが豊富に出てきました。
「模写を評価できるようにすればいいんじゃないか?東京藝大の模写技術を数値化して、模写の精度の評価指標を作ったらもっと汎用性があがるのでは?」
「しみを生成するプログラムを書いて、乱数を発生させながら色んなタイプのしみを作るというのができれば、試行錯誤して色を選んで作れるから、コスト削減になるのでは?」
「模写を作っているプロセスそのものが面白い。だから、模写を書いているところを見せながら完成品を売るというビジネスはどうだろう?例えばマンションは完成していないのに売り切れになる。書きかけの状態をみて、「これはいい」という絵を買うというのは楽しいかもしれない。」
「模写の技術を利用して、有名な作品の中から画家の特徴的な技法を抽出するというのはどうだろうか?」
「色合わせの技術を利用して、芸術家の使った顔料の性質を明らかにして、季節ごとに新しいカラーの絵の具やペンを売るというのは?安藤広重カラー、ゴッホカラー、などなど」
「『広重テイストの俺の似顔絵』を描いてくれるサービスがあったら面白い。有名作家風の自分だけの一枚、みたいなものがあったら買うかもしれない」
「模写って、デジタルコピーとちがって、まったく同じじゃないところもいい。だから同じなんだけれど一つ一つ微妙に違います、という作品を大量に生産して売ると選ぶのが楽しい。だるまのように、顔はみんな違うがほとんど同じみたいなものをバリエーションを作って売ると面白い」
「最終製品に対してプロセスという付加価値をつけるのが模写。書いた人がどういう精神状態だったかを蘇らせるプロセスによく似ているので、お医者さんが診断に使える技術として応用できるのではないか?」
まとめ
平先生からのコメント。
「いままで周りの意見では出ないような単語が議論にいっぱいでてきて面白かったです。模写の良し悪しのデータはとってみようかと思いました。たとえば、ゴッホの模写を描いた場合、模写として見かけはそっくりなのに、全然ゴッホじゃない、というケースが過去にあった。この違いをデータにとってみたい。いいものと悪いものが見極められれば、みんなで力を合わせれば国宝が1つぐらいは作れるかもしれない。国宝はデータからつくれるのか?という研究テーマは面白いかもしれません。」
未来研究トーク2015はこれで最終話。次回は未来研究トーク2016 でお会いしましょう。お楽しみに!
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