[研究+教育] × [情熱+狂気]=∞ [ムゲンダイ](4)

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Science Talks LIVE、第3回のトークゲストは京都大学・高等教育研究開発推進センター長の飯吉透氏。研究者にとって教育とは、研究時間を奪う厄介者――とは限りません。最先端の研究者こそ、 最新のプラットフォームを使って教育に貢献し、そこで得た知見を研究や人脈作りの訳に立てています。アメリカを含む複数の事例を交えながら、研究者と教育の上手な付き合い方について、また、日本の教育を取り巻く問題についてもお話をいただきました。

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飯吉 教育と研究のことで、もう1つ。教育と研究というとどうしても、有限の自分の時間が仮に100あるとして、研究に70使ったら教育は30だろうみたいな発想になりがちなんですが。今、山極(壽一)先生という方が京大の総長をされていますが、総長は選挙で選ばれるんですね。選挙で総長を選ぶというのはいかにも日本的なんですが、その選挙の前に学内にたくさんのビラが貼られました。どういうビラかというと、山極教授に投票しないでというビラなんです。山極先生はそんなに敵が多かったのかというと、逆なんですね。山極先生の学生さんとか研究仲間が、山極先生を奪わないでということで貼ったんです。こんな素晴らしい教育者、研究者である山極先生が総長なんかになったら何もできなくなるじゃないかということです。とは言え結局、総長になってしまわれて。
それであるとき、僕ともう1人のMOOCの理事で、グローバルにMOOCを広げていくにはどんな人にやって貰ったら盛り上がるだろうね、という話をして。総長だったらきっとゴリラの話で面白いだろうなとは思ったんですが、総長だから普通はやらないよなとも思って。冗談でちょっと聞いてみようかということで、総長室に行って、「ちょっといいですか、MOOCどうですか」って言ったら、90パーセント断られるだろうと思ったんですが「うん、いいよ」って。「いいよ、ですか」みたいなですね。でもちょっと冷静に考えたほうがいいですよ、って逆に勧めたほうが止めようとする始末でしたね。じゃあリレー講義にして1つぐらいやっていただくようにしましょうかって言ったらちょっと考えさせてほしいと言われました。2、3日経ってからまた会いに行ったら、「全部自分でやりたいな」総長の仕事はそんなに嫌いなのかと思うんですけれども、何故そんなにやりたがったのかというと、さっきのビラのこともそうなんですが、彼にはやっぱり痛切な思いがあったんです。霊長類学というのは非常にマイナーな学問で、研究者も少ないし、霊長類学を勉強できる大学も、世界中見ても多分すごく少ない。そんな中で、自分はこんなことを、こんなことって総長ですけれども、こんなことをやってていいのかと。自分はもっと霊長類学のために献身的に働かなくてはいけないのに、と。そんなときに、MOOCというのは素晴らしい飛び道具で、世界どこにでも届くんですよね。ということで引き受けてくださることになりました。研究者の性というのか、魂というのか、ここで教育することで、霊長類学の面白さをできるだけ多くの世界に届けたい、そうすればきっと霊長類学に興味を持ってくれる人が増えるだろうということですね。
こちらを見てください。我々も敬意を表しまして、最初にこう、ゴリラがロゴに出てくるようにしたんですね。いかにゴリラが好きな先生かが伝わるように、かなり趣向を凝らしました。
Juichi Yamagiwa (in video) “—As one of the world’s leading universities, Kyoto university has contributed to the most advanced scientific research so far. On top of that, Kyoto University has also opened this doors for the new academic disciplines with unique ideas and new experiences.—“
飯吉 この映像も勝手にスタジオで撮り始めたのでそれを使って。撮影のときもいつも活き活きとされていました。実際撮影は夕方にやることが多くて疲れておられたので、レッドブルとか濃いコーヒーとか色々用意して、薬漬けにして頑張っていただいたという、そういう秘話もありますが。
Yamagiwa (in video) “Amongst of all, I would like to introduce you primatorogy. Once, gorillas were considered to be very violent. For instance, one of gorilla’s violent actions we used to think was chest beating, but it was found that the act of their chest beating by hands is an important communication method among them.”
飯吉 まとめますと、山極先生が何のために、というところで、教育と研究がどうつながっているのかという話もお分かりになっていただいたと思うんですが、MOOCというのは世界中で広がって、いろんなプラットフォーム、いろんな国や地域が一生懸命、それぞれ目的があってやっているんですね。ですから、ざっくり見ると、料理の鉄人みたいな、昔ありましたよね、シェフがいろんな料理をする料理コンテストです。MOOCだけで何千という、1万に近いコースが世界にあって、先生が料理の鉄人としてただでご飯を降らせている。学生の方も早食い大食いコンテストみたいな感じで、次から次にどんどん受けて、片っ端からやっていく。すごくポジティブに見れば学びのビュッフェみたいな形、関西風に言うなら知のくいだおれとも言えるかもしれないですが、問題は食べる方に食欲がないこと。これは学生だけではなくて、研究者も実は食欲がなくなっている。ご自分のやっていることには食欲があるけれども、他のことにはあまり食欲がない、そういう状態ですね。大学生に対する教育というのは、その人が教えられることを教えるというのはもちろん大事なんですが、知的なものに対する好奇心をどう喚起させて勉強させていくかというのが重要なんだと思います。この時代、これだけ質の良い、いろんな知識が手に入るようになってきた。ただ、自由に手に入るというときに、知の食欲がないというのは実は一番危機的なところだと思います。MOOCの数もどんどん増えてきました、Mega liberal arts education、メガ教養教育や、専門教育もありますし、京都大学は大学院の試験でも出していますけれども、好きなものばかりに偏るのではなくて、いろいろと満遍なくその人が必要な技能や知識をつけてもらうことがすごく大事です。
時間も迫っていますので前振りだけにしておきますが、教育とAIの話です。50年くらい前のイラストで『コンピューター学校』なんていうのがありまして、今見ると結構MOOCっぽいところもあって不思議な感じがするんですが、人間の先生はいなくて、教わる内容はスクリーンに出ています。問題は、ロボット先生が体罰をしているんですね。これは最初に言ったところの、文化の部分です。ロボットは文明ですが、たたくのは文化としてたたく。これを中国や韓国で見せると拍手が起きるんです。最初は何か面白がっているんだろうと思ったら、これは良いアイディアだということらしいですね。中国なんかではまだ体罰があるようです。シンガポールでもあるらしいですね、国際会議の場で、シンガポール国立大学の副学長が、自分は数学者なんだけど、自分が数学者になれたのは小学校の時の算数の先生が厳しくて、棒で僕のことをバンバンたたいてくれたから、厳しく教えてくれたからだと、体罰を肯定するようなことを言っていて場がちょっと硬直してどうしようかと思ったという、そんなこともありましたけれども。いろんなことを、昔も考えていたんですよね。そして今それが結構現実になってきている。何年か前に話題になりましたが、アメリカではクイズ番組に出たり、日本では将棋とか囲碁とかそういうので、人間を次々負かしていくようなAIも出てきました。
皆さんも聞き飽きていると思うんですが、機械やAIに仕事が奪われていくらしいぞ、みたいな話がありますよね。教員は大丈夫らしいとみんな言ってますが、僕はそうは思っていなくて、大学教員は結構危ないかなと思います。国立情報学研究所で、ロボットは東大に入れるかみたいな研究があって、結局東大は諦めたらしいですけれども、私立の真ん中あたりくらいのレベルの入試問題なら一応突破できるというくらいには育ったらしいですね。
実際、ハーバードの物理の先生でMazurという人が、AIを使ったアクティブラーニングの実験をやったんです。まず先生がクイズみたいに、さあこの物理の問題の答えはA、B、Cのどれでしょう、と問題を出します。学生の方は皆それぞれスマホやリモコンを持っていて、自分が正しいと思った答えをAとかBとか押すわけです。次に先生から、隣の人と自分がどれを選んだか、何故かということを話し合ってくださいという指示が出ます。ペアティーチング、ペアインストラクションというんですけれども、この話し合いが終わってから、もう1度答えを押してもらいます。このMazur先生の実験のすごいところは、学生が入力してきた答えを全て、AIが記録しているというところなんです。30分くらいこれを続けていくと、AIが学生に対して、「あなたたちのグループは、3回続けて2人とも間違っています。ペアを変えましょう」というようなことを提案してくるんだそうです。
これが良いのか悪いのか、ちょっと考えてみてくださいね。『マイノリティ・レポート』というSF映画で、予定犯罪者を捕まえるというのがありました。この人は24時間以内に犯罪を起こすというのを予測して、警察が事前に踏み込んで事前に検挙するという。それの教育版ですね。良い方に使えばそういうことになる、ただそれがいいのかどうかということですね。Mazur先生は友達なので、頑張って欲しいんですが、ここのところは文化の問題なので皆さん考えてもらいたい。
いろいろな新しい教育、オンラインを使ったものもどんどん出てきて、大学もDo It Yourselfでやってしまえという話にもなってきています。アリゾナ大学はアメリカの州立大学で、非常に学生が多いところの1つですけれども、1年目の授業は全部オンラインで取れるようにしました。世界中から州立大学の学生になれる。2年目からはアリゾナ州立大学に行かなければならないんですが、少なくとも1年分お試しができるし、実際単位は取れるのに、学校に来なくていいということでその分の学費はかなりディスカウントされています。例えば途上国なんかの、アメリカに来るのはやっぱりしんどい、生活費を出せないという学生さんたちにとっては福音だということです。
今、世界の10以上のトップ大学がマイクロマスターというプログラムをやっています。MITから始まったんですが、修士の2年のプログラムを1年目を全部オンラインでやるというものです。大学院の研究者をオンラインで育てるいうことですよね。MBAなんかも含めて、そういう非常に専門性が高い教育もこういうふうにできるようになっています。

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