国立大学の自律的経営に向け、「できることはすべてやる」覚悟の舵切り〜徳島大学の産学連携事業グループインタビュー(前編)
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- April 17, 2020
2004年度に実施された国立大学法人化から16年。各大学の自律的経営が期待される中、第3期中期目標期間(2016年度2021年度)では、国立大学の機能分化を進め、大学の特色や強みを最大限に活かした大学改革を進める目的で、国立大学を3類型に分けて重点的に運営費交付金を配分する新しい枠組みを開始した。「地域貢献型」、「教育研究型」、「卓越した教育研究型」の3類型の中で、多くの地方国立大学と同様に「地域貢献型」を選んだ徳島大学。だが、この大学の経営者と管理部は一味違った。「公金に頼らない自律的大学経営」、という政府からの大きな宿題に、真っ向から答えを出そうとしているのだ。
野地澄晴学長の強力なリーダーシップの下、徳島大学はこの数年、近隣地域企業との産学連携を経営の柱に置いたユニークな改革屋として、経営難に悩む多くの地方国立大学の中で独自の地位を確立しつつある。「大学が生き残るために、できることはすべてやる」——その姿勢は、前例のない事業を日々壁にぶつかりながらも実装する管理部の人々の心にも深く浸透している。それがインタビューを通じてわかったことだ。
大学初の研究クラウドファンド・クラウドソーシングプラットフォームである「OTSUCLE」、大学初の産学連携情報誌『企業と大学』、そして病院と並ぶ大学の第2の収益源を目指す「産業院」。大学初、が尽きない徳島大学のいまを理解する上で欠かせない3つの事業と地域連携戦略について、現場の方々の声を伺った。2回に分けて掲載する。
インタビューにご回答いただいた方々
- 元副学長(現在、文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域支援課長)斉藤卓也(Takuya Saito)
- 理事(広報担当)・産業院出版部 月刊[企業と大学]編集長 坂田千代子(Chiyoko Sakata)
- 産業院 院長 森松文毅(Fumiki Morimatsu)
- 研究・社会連携部 産学連携・研究推進課 副課長 武市学(Manabu Takeichi)
- 研究・社会連携部 産学連携・研究推進課 主任 池田晃一(Koichi Ikeda)
- OTSUCLE コーディネートマネージャー 馬場裕太郎(Yutaro Baba)
※お名前、肩書はインタビュー当時(2019年2月)のものです
産業院〜大学病「院」とは異なる新しい大学の資金循環を生み出す
徳島大学が作った、大学で行われた研究の産業化と企業との連携をサービスとする組織の名称。多くの国立大学にとって最大の収益源である「病院」をもじった造語である。徳島大学では産学連携本部とは別に、目利きをした教員の研究の社会実装を選択的かつ戦略的に進める組織として産業院を設立。シーズのある研究者やベンチャー立ち上げを希望する教員等に専任のコーディネーターをつけ、二人三脚で研究の産業化を推進している。
https://industal.tokushima-u.ac.jp/
—徳島大学が始めた産業院の成り立ちについて教えてください。
武市 「産業院の考え方の元となったのは大学病院です。大学病院というのは、医学系の基礎研究を専門とする大学教員と、病院臨床と臨床研究を行う医師の両方がリンクしあいながらも、治療費を収益として、基礎研究と分けて運営していますよね。一方で理工系の学部は、同じように基礎と応用が非常にリンクしている分野なのにもかかわらず、これまではなかなか社会実装や収益に直接結びつかないという課題がありました。そこで、理工系学部の技術をもっと社会に向けて出していこうということで、「病院」をもじって「産業院」を作ったのです。構想は2年前ぐらいからあり、提案は学長直下で行われました。」
森松 「徳島大学には千人の教員がいますが、その全員を数人のコーディネーターが見るというのはさすがに難しい。そこで産業院では目利きを利かせて、まず最初に社会実装に近い研究をしている4人の教員を選び出し、数名のコーディネーターを専任でつけて研究の社会実装化を進めています。企業との契約や知財の管理はコーディネーターが行い、教員のほうは研究を中心にやっていただく。両者が密接に寄り添って実装化を進めていこうというのが現在の体制です。」
—「産業院」は学長直轄の組織という位置づけですが、「産学連携本部」との違いはなんですか?
武市 「産業院は産学連携本部と一緒に協力しながら運営していますが、大きな違いは2つあります。1つは産学連携本部とは異なるコーディネーターを教員に専属でつけていること、もう1つは産学連携本部が大学全体の教員を支援するのに対し、我々産業院は目利きの上で選んだ特定の教員を支援していく組織であることです。大学には規制や規則がつきもので、なかなかこういったセレクションに基づいた活動はしにくいものですが、産業院は学内でも特区として扱って、規制にとらわれないプロジェクトをどんどん進めていく。通常こういった組織では学長がいて、その下に担当理事がいて回すことが多いのですが、今回の産業院に関しては学長直下の組織なので、学長の下に産業院長がいます。」
—実際、産業院に所属している教員はどんな方たちでしょうか?
武市 「現在は医学部、薬学部、理工学部、生物資源から1名ずつ、4名の先生方が関わるまさに分野まぜこぜの組織です。産学連携に関心があって、すでにかなり共同研究を含めて実績上げられている先生にまずは入っていただいて、支援させていただいています。今後はタレントの発掘といいますか、大学の国費に依存しない自己収入を研究を通じて生み出すことができるタレントを学内で次々と発掘していこう、という狙いがあります。
大学発ベンチャー支援については、企画戦略部門では新しいシーズや教員の発掘に力を入れていて、研究開発部門ではそれぞれの教員に寄り添ってプロジェクトを進めています。これから立ち上がる教育部門は、学生の起業に関するカリキュラムを作って、単位認定して授業に入れようとしています。その3本柱で、実際に収益を上げられる組織にしようと動いているところです。」
—他大学で、徳島大学の産業院に近い取り組みをされている例はあるのでしょうか?
武市 「大学の中に産学連携センターのような関連組織を持っているところはたくさんあるはずです。しかし産業院のような特殊な組織を作っているケースは少ないと思います。徳島大学でも起業支援やベンチャー支援をこれまでにもやってきたわけですが、特区として特定の教員を抜き出しして組織を作る例は初めてで、稀だと思いますね。」
—海外ではベンチャーに大学が投資して、もしそこのベンチャーが上場すればそれがキャピタルゲインになると聞きます。一方で日本の大学はベンチャーへの直接投資はできないと聞いています。
武市 「おっしゃる通り直接投資はできないんですが、今は東京大学、大阪大学、東北大学、京都大学の4つの大学が国から特別に政府出資金をもらってベンチャー支援ファンドに出資をし、そこが投資を行っています。徳島大学のような地方大学でもこのような仕組みができるようになれば、積極的にベンチャーへの投資もやっていきたいと思っています。」
—今後、産業院で支援したベンチャーが大きくなれば、それらの企業から大学への寄附金が増えるなど、様々な収入源を確保できると。
武市 「まさにその仕組みを今作ろうとしているところです。将来はいろいろなベンチャーが産業院を通じて生まれてきて、育ったベンチャーが大学に寄附してくれて、それが全学の教員の研究費に回るようなエコシステムを作りたいのです。その研究費で研究を行なった教員がそこから新たなベンチャーを立ち上げて、さらに次の世代へ研究費として還元する…。そんな循環を生み出すことが、産業院の目的であり、将来の理想像です。今後は、大学のベンチャー設立支援はやはりこれから非常に大事になってきます。今まさに、ある理工学部の4年生で起業したいという学生と学長が直接面接を行い、支援の準備をしているところです。来年以降は起業、それからアントレプレナーの教育も、学生にも徹底していこうという考えで進めています。」
「OTSUCLE(おつくる)」〜シーズをニーズにつなげる入り口としてのクラウドファンディング&クラウドソーシング事業
https://otsucle.jp/
—国内大学初のクラウドファンディング・クラウドソーシングプラットフォーム、「OTSUCLE(おつくる)」ですが、設立はいつでしょうか?
馬場 「すでに立ち上げから2年経ちました。3年目に突入したところですね。」
—すでに成功プロジェクトがいくつもありますね。徳島大学としてはOTSUCLEを研究費の外部資金収益源として考えているのだと思いますが、民間のクラウドファンディングサービスを利用するのではなく、大学が独自でプラットフォームを持って運営することのメリットを教えてください。
馬場 「民間と比べた大学の強みは、すでに研究者が持っている民間企業とのネットワークを出資者を募る際に存分に利用できることかもしれません。そもそも、研究をコンテンツとしてわかりやすく噛み砕いて、インターネットを使って情報発信するという活動は、大学の本来の役割だと思うんです。大学の「中の人」が、大学の職員として、自らの大学の強みを心を込めて発信し、研究者と一緒に資金調達を募る。そのプロセスそのものに大学の本質的な役割が詰まっているように私たちは感じています。」
—クラウドファンディングの一般的な収益モデルでは、寄付金の何割かをプラットフォーム運営側に手数料として支払います。OTSUCLEでも手数料が大学に入る仕組みですか?その場合、他大学が参画した場合のお金の動きはどうなるのでしょうか?
馬場 「今は利用者の方がOTSUCLEの賛助会員として契約していただくと、15%の手数料でクラウドファンディングを利用できるという仕組みです。他大学の教員の方がクラウドファンディングにチャレンジした場合、15%は手数料として大学支援機構に入り、残りの85%はご所属の大学に寄付として入れさせていただきます。そこから後、その大学が寄付から間接経費を取るかどうかはご自由にしていただいて、残りが研究者に届くという感じですね。」
—日本のアカデミアでは、研究者が自らクラウドファンディングをしてお金を集めるという発想自体にまだ抵抗がある人もいると思います。その点、大学自体が研究クラウドファンドのプラットフォームを立ち上げて奨励していることで、研究者の間に自身の研究を情報発信して研究費を自分で集めなければいけないという意識改革みたいなものは起きているのでしょうか?
馬場 「その影響力はあると思いますね。さらにOTSUCLEの面白いところは、徳島大学が立ち上げたプラットフォームでありながら、出資を募る研究者を徳島大学内に限定していないところなんです。国内のどの研究機関に所属する研究者でも使うことができます。これからますます全国に広げていって、全国の他の大学にも我々が作ったプラットフォームを利用していただきたいと思っています。例えば、昨年は香川大学から1件、実際にプロジェクトを出していただきましたし、他の大学からもやってみたいというお声をいただいています。今はほとんどのプロジェクト案件が徳島大学の教員によるものですが、これから少しずつ、少しずつ、全国に利用者を増やしていって、多くの大学とコラボレーションをしていきたいと思っています。」
—現在はどういう方々がクラウドファンディングの出資者なのでしょうか?
馬場 「ほとんどのプロジェクトでは、出資を募る研究者の周りの方々、お知り合いの方に最初に支援していただくことが多いですね。それを呼び水にして出資の輪が徐々に徐々に外に広がってくるというか、盛り上がりを帯びてくると、もうまったく関係ない県外の方だとか、ネットニュースに取り上げられたのをたまたま見た人に広がって、全国から寄付をいただける流れになることもあります。」
—OTSUCLEのクラウドファンディング事業は、基礎研究というより産学連携に近いテーマが多いと思うんですが、共同研究者や企業からの投資も狙いの一つなんでしょうか?
馬場 「それはもうまさしく、我々が狙っているところなんです。研究をわかりやすく情報発信することによって、企業からも注目していただいて、それが将来共同研究につながっていけばいいという思いでやっていますし、そこを狙っていきたいと考えています。」
武市 「OTSUCLEと産業院は、シーズとニーズのマッチングを行うという意味では同じ目的を持った事業ですが、ビジネスでいうとBtoCとBtoBの違いなんですよね。OTSUCLEはクラウドファンディングを通じて一般の方に広く研究に関心を持っていただくための入り口となる事業です。その中で、出資者の方が法人である場合は、産業院で産学連携として引き取って支援していくこともあり得ます。また、それ以外に異分野融合という軸もあり、他の分野の研究者がクラウドの研究テーマに関心を持ってくれた場合は、「研究クラスター」という異分野融合の活動を通じて競争的資金の獲得に挑戦していこう、という展開もできるのです。先ほど教員の意識改革、という話が出ましたが、徳島大学では学長が「自助努力で研究費を獲得するしかない」と言われていますから、まずはクラウドファンディングを通じて自分の研究の魅力を伝えるための努力をしたり、共同研究先の企業をTLOと一緒に積極的に探したり、という教員が増えてきたと思います。」