研究費と若手研究者ポストについての問題提起。各党に方針を問う
宮川剛/藤田保健衛生大学・教授
- オピニオン日本語記事科学技術政策アンケート
- July 8, 2016
参院選2016 に向けた科学技術政策についての政党アンケートの結果がまとまりました(まとめ記事はこちらから)。各政党からの回答について関心の高いトピックを、サイエンストークス委員がピックアップして解説・コメントします。
第2弾はサイエンストークス委員、宮川剛氏(藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学研究部門 教授)から。
※本記事に記載された内容は、あくまで投稿者個人による意見であり、サイエンストークス一団体としての意見を反映しているものではありません。また、特定の党への加担、批判をするものではなく、あくまで科学技術政策の面からの回答への批評であることを事前にお断りしておきます。
【参院選2016】科学技術政策についての政党アンケート、結果を公開≫
宮川剛 (Tsuyoshi Miyakawa)
藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学研究部門 教授
遺伝子改変マウスの表現型解析を通じて、遺伝子・脳・行動の関係と精神疾患の発症メカニズムを研究。研究者の視点から研究環境の向上にかかわるさまざまなシステム改善への提言を積極的に発言。サイエンストークス委員を務める。
以下、自分がアンケート内容の立案に関係した項目に限定してコメントさせていただきます。
コメントの内容はこちらの各政党からの回答まとめを参照しながらご覧ください。
研究費の問題
研究者が安定して研究に取り込むことができる仕組みの導入について
研究者が研究そのものに集中することができるような制度改善を進めることについては、与党の自民党をはじめ、(おおさか維新を除く)ほぼすべての政党に賛成していただくことができました。
研究者がじっくりと研究に集中できないという現状があり、これが日本の研究力を弱めているという大きな要因の一つであることが、政治家の皆さまにもようやく認識されるようになってきた、ということではないかと思います。
現行の研究費関連の制度が、研究そのものに集中できるような仕組みではないことを各政党にもしっかり認めていただいた、ということでもあり、大きな前進なのではないかと思います。選挙が終わった後には、この考え方に基づいた何らかのアクションをぜひとっていただきたいものです。
競争性を担保した安定した基盤的研究費の導入について
この「競争性を担保した安定した基盤的研究費」の案は、高名な研究者から一般の若手研究者まで、すこぶる評判の良いもので、(細かい具体的方法はともかく)大きな方向性としては反対する研究者があまりいないという案です。
このシステム導入が実現すれば、限られた貴重な研究費が有効に活用されることになるのは間違いないように思われます。
この案について、与党自民が「競争的資金について、その多様性や連続性を確保しつつ、大幅に拡充する」とおっしゃってくださっている意義は大きいように思います。この自民のコメントにある「多様性」という意味では、ボトムアップの科研費を確保することの必要性を述べており、「連続性」については「安定性」とほぼ同義と捉えることができるわけで、自民党はほぼ案に賛成という捉え方で良いでしょう。
民進党と日本のこころを大切にする党にもこの案にシンプルに賛成いただきました。共産党も「研究分野は、特定の分野に集中投資するよりも、少額でも広く配分するほうが効率的」であり、競争性を担保した安定した基盤的研究費については「⽅向性として賛成しうる」とのこと。
公明は、「(科研費を始めとする)競争的資金の大幅な増額を諮るべき」で、「こうした観点の元、提示された案も含めて検討していきたい」とのことで、悪くはないのですが、「安定性」の重要性が公明にはいまひとつ伝わらなかったのかもしれません。
たとえ資金の総額が増額されたところで、2年とか5年とかでいきなり研究費がオールオアナッシングになる審査が待ち受けている、という状況では、研究そのものに集中できにくい環境に変わりはない、ということをぜひ政治家の方々にもご理解いただきたいところです。
以上のように5党はおおむね良い感じの回答でしたが、おおさか維新の会だけは、 「研究成果が上がるか否かについて、研究者の意見は最大限尊重されるべきであるが、補助金に関する制度設計は、受給予定者向けのアンケートだけでは決められないと考える」というご意見。補助金に関する制度設計は研究者だけでは決めることができないから、各政党にもご意見をお聞きしているわけなのですが…。
若手研究者のポストの問題
卓越研究員制度とその拡充について
民進、共産、日本のこころが、「卓越研究員制度よりも多くの博士研究者に安定ポストを提供すべき」を選択している他、自民は「優秀な若手研究者の育成・確保」を進めることの重要性を一応、認識されているようで、公明も「若手のための安定したポストの拡充に取り組む必要があります」と理解を示してくださっており、5党が前向きな方向性を示してます。
しかし、ここでもおおさか維新だけは「制度導入から間もないので当面は成果を注視すべきだが、一般的に言えば、研究者の働き方・待遇を多様化することは、労働制度改革の一環としても望ましい」と、ご理解いただけていないよう。
現状では、働き方・待遇が、実績とは無関係に安定している正規職員と、「ポスドク」とか「特任」制度のような不安定で「多様な」非正規職員が混在し、必ずしも前者が後者よりも実績が多いというわけでもないというヘンな多様性のあり方になってしまっており、そこが問題となって研究適性の高い若手でもこの道に参入することを避けてしまいがちになっているわけですので、その点をご理解いただきたかったところ。
「安定性と競争性を担保する日本版テニュアトラック制度」について
安定性と競争性を担保する日本版テニュアトラック制度については、まず、民進、公明、日本の心が「望ましい」を選択してくださってますし、共産も「若手研究者の流動性と雇⽤の安定性を両⽴させる⼀つの案として注⽬したい」とのことで「望ましい」に準ずるようなご回答。
また、自民が「若手研究者の安定的なポストを大幅に増やすとともに、優秀な研究者が大学や公的研究機関、産業界の枠を超えて活躍できる環境を整備する」とまさに「安定性と競争性を担保する日本版テニュアトラック制度」を推進してくださるかのような意見を述べられていてたいへん頼もしい。
一方で、おおさか維新は「安定性と競争性を担保する制度とのことだが、安定性を重視しすぎると、容易に既得権化するおそれがあるので、その点には留意が必要」などとおっしゃってます。しかし、そもそも今現在既得権をもっている研究者とそうでない研究者の(実績と必ずしも対応しない)格差が大きすぎるという現状に対して、安定性と競争性のベストミックスを検討しようという具体案なわけです。案をきちんと読んでいただきたかったところ。
オープンアクセスについて
オープンアクセスについては、日本のこころのみが「義務化が必要」を選択し、自民が「研究成果の社会一般からの広く容易なアクセスを可能にするオープンアクセスについては推進すべき」と断言してくださいました。
一方で、民主、公明、共産、おおさか維新の4党は、「関係者の意見を聞いて」とか「海外事例を参考に検討すべき」などパッシブで自分のご意見がほぼないように感じられました。
関係者もオープンアクセス支持の人が増えてきてますし、世界的にはオープンアクセス義務化の流れですので、遅かれ早かれ日本でも実現することになるでしょう。
しかし良く考えてみると、このような状況そのものが危機的ではないでしょうか。というのは、そもそも、この4党のご担当の方々は科学技術の原著論文にアクセスされたことがほとんどないのでないか、と推測されるからです。欧米の新聞記事などでは、(少なくともネットでは)原著へのリンクがたいてい張ってあるわけです。
そういう環境の中では政治家も含めた一般の方々も原著論文を目にする機会が多少なりともあるので、ペイウォールにぶつかった際に、その存在に必然的に疑問を持つようになります。
日本はそういった原著にふれやすい環境が無いという状況にあり、このこと自体が、科学技術の知見への一般市民からのアクセスがなされにくい実態を示しており、科学技術立国としての日本の存在を危うくしているように思われるわけです。
これが、疑似科学がはびこってしまったり、科学の考え方をご理解されていない方々が科学政策に大きな影響を及ぼしてしまったりしている根本的な原因の一つになっているのではないでしょうか。
まとめ
以上のポイントについては、自民、民進、公明、共産、日本のこころの5党は、似たり寄ったりで問題のポイントはおおむね抑えていただいているのかな、と感じました。
実は、上の各質問は、普通に問題をよく調べて論理的に考えていただければ、ほぼ賛成になるだろうというような内容のものばかりで、各政党の方々に前向きな姿勢を示していただきたいというモチベーションの下に作成されたものでした。
逆に言いますと、回答が割れて、それを見て研究者の投票行動が大幅に変わるようなものを想定していたわけではありません。この意味では、今回のアンケート結果は、それなりに安心できるものであり、成功といってよいのではないかと感じています。
この与野党で一致している考え方の下、文科省の方々とも協力しつつ、良い方向に仕組みを改善していきたいところですね。ただ、日本が科学技術立国を目指すことに賛成の人であれば、おおさか維新に投票することだけには慎重になられたほうがよさそうです。