「中部大学に学ぶ“わらしべ長者”的ビッグ・プロジェクト運営」
中部大学理事長・飯吉厚夫氏インタビュー(4)
- 日本語記事インタビュー日本の研究ファンディングを考える
- September 12, 2013
資金の調達が難しい私立大学において、20億円級のビッグプロジェクトをどうやって進められるのか。民間、文科省などと提携しながらそれを可能にしてきた飯吉先生の貴重な体験談をどうぞ。
【飯吉】 核融合科学研究所で10年所長をしてLHDに初期プラズマが出来たので私は辞めました。今ではもう1億度ぐらいのプラズマができていますから、一度ぜひご覧になっていただくといいのですけれど。それから私は中部大学に来まして、私立大学では大きな予算はありませんから、超伝導直流送電の研究を始めました。
【湯浅】 その点、私たちも非常に興味がありまして。中部大学はいわゆる地方私立大学という点で、研究費においては他の大学と比較して優遇されているわけではないですよね。その中であの大規模な超伝導送電の実験設備をどうやって作られたんでしょうか? つまり、資金はどこから出されたのかなと。
【飯吉】 最初の出発点は20メートルの超伝導ケーブルから出発しているんですね。高温超伝導直流送電装置の一号機、CASER-1です。それに大体1.5億ぐらいの予算が必要でした。文科省に私立大学の高度化推進のための補助金があります。ただし、憲法の89条に書いてあって、国の税金は民間に使ってはいけないとなっているんですね。
どういうわけか私立大学は民間になっているんですよ(笑)。だから、税金から研究費を出してはいけないんです。ただし、補助金はいいんです。しかし、私立大学の学校教育も公の面を持っていますよね。
【湯浅】 間違いなく、持っていますね。
【飯吉】 そこで、国も何とかして出したいと。だけども、憲法で規定されているから、それじゃ、補助金として出しましょう。補助金として出すということはつまり…。
【湯浅】 つまり国だけが費用をだすのではなくて、大学も一部資金を負担しなさいということですね。
【飯吉】 そうです。マッチングファンド。ようするに半分は大学側が出すという形です。だから施設の立ち上げにかかる費用が1億いくらといっても、半分は大学で用意する必要がある。
そんな時、CASER-1で送電ロスを低くすることができるなどおもしろい結果が確かに出始めた頃に、藤原洋さんというITのブロードバンド会社のオーナー社長で、京都大学の理学部を出られて天文関係で東大、岡山大学などに寄附などの支援をされている方が見に来られて、「ああ、これはおもしろいですね」と。「先生、これ、私が少しお手伝いしますよ。いくらぐらいあったらいいですか」という話になって(笑)。
【湯浅】 すごいですね!(笑)
【飯吉】 いるんですよ、そういう人が。それで、「20メートルの実験はやりましたから、今度は200メートルやりたいんです」と言った。「200メートルだといくらぐらいかかるんですか?」、「まあ5、6億かかるんですけど」と。そうしたら藤原さんが「わかりました。それ、出しましょう」と言ってくださったんです。
【湯浅】 そんなことがあるんですね…。すごいなあ。
【飯吉】 それで本当に資金を出していただいて、それが200メートル送電のCASER-2です。その後、たまたま当時の文科省担当の神田眞人主計官が見に来られまして、「先生、これ、なかなかおもしろいですね」とおっしゃってくれて。「私立大学でもこういうことをやっているんですね」と評価をしてくださったことがきっかけとなり、文科省からも資金提供をしてくれる話になりました。
【湯浅】 研究が大きくなればなるほど、関心を持つ人が集まって資金が増えると。わらしべ長者みたいですね。
【飯吉】 CASER-2によって送電システムの基礎的な課題も解決するめどもたったので、次は実験室を出て実際にユーザーと実証実験をしたいと思い、相手先を探しました。これもまた幸いに、「さくらインターネット」という北海道にある若いインターネット企業の田中邦裕社長と出会いまして、同社のデータセンターが北海道石狩市に建設途中でしたので、そこに新しい送電線を使ってみようということになりました。
【湯浅】 なるほど。
【飯吉】 しかし、ここで新たな問題が起きました。企業と共同で実証実験を始めるとなると実用にかなり近い研究になるので、基礎研究がタテマエの文科省としてはこのような実用研究に予算の枠組みがないことがわかりまして。
それで急きょ、経産省予算として申請をしなおして、平成24年の補正予算として20億が認められ、「石狩プロジェクト」がスタートしました。経産省予算は大学に直接つけることは出来ない仕組みです。そこで、プロジェクトの主体となる企業の技術組合というのを作って、そこに経産省がお金を流す。その幹事会社が仲間に分配する。文科省だったら、本来ならば文科省から中部大学へお金が来て、中部大学から企業にお願いしてこれはあなたのところでつくってくださいと、こうなるはずですよね。
でもそういう仕掛けがないんですね。そこで今回は、中部大学、千代田化工、住友電工、さくらインターネット、その4つでグループをつくって。千代田化工が幹事会社になっています。
【湯浅】 なかなか複雑な構造ですね。
【飯吉】 それはそれでいいんですけれどもね。この経験からわかったことは、今回の中部大学の超伝導の技術開発は大学の基礎研究から実用への実証研究に発展したケースですが、これは次の実用段階に至るまでの、いわゆる「谷間の研究」です。
これを「死の谷」と言って、お金を出す人が少ないわけです。日本の科学技術研究は「死の谷」を乗り越えられないから、なかなか実用化されない。医療なんかもそうですけど、新しいことはみんな外国に持って行かれてしまう。
【湯浅】 本当にそうですね。海外でどんどん実用化されて特許を取られてしまう。
【飯吉】 技術開発にとって何が大事かと言うと、スケールアップのための試作開発が大事なんですね。要となる部分を実際に作ってみて、それで確かめてから実機にアプライしないと、いろいろな問題が起きるんですね。今、石狩プロジェクトに必要な試作開発をCASER-2を使って行っています。「死の谷」を越えるために大学の果たす役割は大きいということを、みなさんに知っていただきたいと思います。
【湯浅】 大学から成果を発信して働きかけることで、寄付や文科省以外からの資金の調達、はては企業からの参画に広げられるという、大学発信のプロジェクトのすばらしい例ですね。
【飯吉】 はい。その意味で、今回は将来のビッグ・プロジェクトのモデルとなる産官学の組み合わせができたと思って喜んでいますけれども。