「業績なんてない方がいい」

藤田保健衛生大学・宮川剛教授インタビュー(11)

「業績なんてない方がいい」
今回のScience Talks-ニッポンの研究力を考えるシンポジウム、第1回大会「未来のために今研究費をどう使うか」、登壇者インタビューでトップバッターを切るのは、藤田保健衛生大学総合医科学研究所システム医科学研究部門、宮川剛教授です。
国内の脳科学研究でトップを走る宮川教授は、研究のかたわら第36回日本分子生物学会年会が主催する「日本の科学を考えるガチ議論」で今の日本の研究評価システムと、それを基にした研究費分配システムについて、まさにガチで国に問題提起をする活動をされています。(※以下、敬称略)


【宮川】
 僕は数値指標はある程度出しています。引用数を指標にした場合ですが。単純に計算しますと、僕は日本の心理学分野のすべての研究者の中で、一番引用数が多いようです。

【湯浅】 それ、すごいですね…。

【宮川】 しかしながら、心理学分野に申請した科研費では落ちました。

【湯浅】 な、なるほど(笑) では本当にまったくもって、過去の研究成果は今評価に反映されていないってことですよね。

【宮川】 ええ。すべて心理学研究者の中で、シニア研究者の全員含めて一番引用数が多いようですが、それでも若手Aに落ちてしまうのです。人事でも落ちます。心理学分野ではかなりいろいろな大学に希望を出しましたけど、全部落ちました。面接に呼んでいただいたことすらありません。

【湯浅】 かなりバイアス的なものが影響しているということですか。

【宮川】 どれぐらい組織の中で波風たたせずうまくやるかとか、そういうことが大事な世界です。ですので研究業績なんかあると、大学ではむしろマイナスに働くことすらあります。心理学では業績なんかないほうがいいという具合に、昔は先輩たちから言われていました。

【宮川】 上の先生方に研究業績がないですから。研究業績がある若手が入ってきたら目障りですよね。

【湯浅】 そうですね。

【宮川】 実際、僕の知っている先生にはすごい業績をお持ちの先生がいて、当時、国内のトップの大学で助教授をされていましたが、業績の少ない教授陣から好ましくない扱いをされたようで、結局出て行くはめになりました。その方、アメリカに渡って教授になられましたけど。

【湯浅】 うーん…。

【宮川】 研究業績などは必要ない、むしろないほうがいい、あっても意味がない、というような分野が日本のアカデミアにはあるのです。数値指標などで判断されたら困る。研究業績などよりも「一流大学教授」の肩書きで判断して欲しいのです。せっかくの大学教授なのに、そんな研究業績が高いだけの人に数値指標で負けたくないですよね。でも評価に数値指標が導入されたら、それが見えてしまいますから。

【湯浅】 宮川先生の提案を本当に導入したら、誰がお金をもらって誰がもらわなくなるか、ダイナミクスが変わりますよね。

【宮川】 変わります、変わります。もっと客観的でギャンブル的でない世界になりますよね。

【湯浅】 有名大学じゃないけれど、研究に情熱を持っているような人にお金がいくようになる。

【宮川】 今、世間では有名大学の人が偉いということになっているわけです。現状では、地方私立大学の研究者などはどんなに研究業績があっても、地方の私立大学の先生にすぎないので、たいしたことはないだろうと。そういう認識でしょう。

【湯浅】 一般市民はそう見てしまうのかもしれないですね。

【宮川】 東大や京大、国立大学の先生はエライ。業績が少なくても疑似科学をしていて科学的でないことおっしゃっていても、一流のナントカ大学教授であれば世間の人はそれなりに信じるわけです。

【湯浅】 うーむ。

【宮川】 でも研究業績が数値で表に出てくると、マスコミの人とかが端的に数値を見るようになりますよね。あんまり業績がない人だったら、「ああ、この人は研究やってない人なんですね」ということで専門家としての話を聞こうとしなくなるかもしれないですよね。

【湯浅】 それは見るでしょうね。

【宮川】 数値がすべてではないですよ、もちろん。でも、たとえば僕と同じ脳科学の分野で世間で有名な「脳科学者」がいますよね。あの方、たぶん、論文をほとんど出してないと思いますよ。

【湯浅】 先生と同じ分野の方ですよね。

【宮川】 はい、、引用数は約100ほどではないでしょうか、全部あわせても。僕でも、引用数5,000くらいはあります。世間的にどっちが偉い脳科学者といったら、多くの人は有名人のほうが偉い学者だと思うでしょう。

【湯浅】 うーん、なるほど。5,000はすごいですね。

【宮川】 支援的共同研究が多いので、割り引いて見ていただく必要はありますが。数値がすべてではありませんが、でも5,000と100の差は歴然としてあるわけです。

【湯浅】 大違いですね。

【宮川】 小説家でも、何部本が売れたかによって収入が決まるわけですよね。それが必ずしもその小説の質の良し悪しを決めるものではないですけれども、収入は少なくともそこで左右されるわけです。

【湯浅】 はい。

【宮川】 僕が主張しているのもその種のものです。論文が売れたかどうか、つまり引用数が多いかどうかが100%研究の良し悪しを決めるということではありません。でも何らかの形で研究費とか報酬は決めなければいけない。そうするとやっぱり客観的指標を無視するのはよろしくない。

指標も1つではなくていろいろ多様なものがあったほうがいいです。引用数に限らず最近ではAltmetricsみたいに一般社会にどれぐらいインパクトを与えているのかを測る指標も出てきました。一般社会でどれぐらいその人の研究が面白いと思われているかというようなことも科学コミュニケーションという意味で重要は重要なので、そういう数値もついているといいのではないかと思います。

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