Science Talks LIVE、2016年度最終回となる今回のテーマは、今年1月の誕生以来極度の保守主義やアンチサイエンスで何かと話題に上るアメリカ・トランプ政権。戦後初めて誕生した『科学に興味がない大統領』とも言われるトランプ氏の下でアメリカの科学政策はどう変わるのか。日本や世界の科学の動向に、どんな影響が出てくる可能性があるのか。文化人類学者、科学社会学・科学技術史学者の春日匠(かすが・しょう)氏をゲストに、トランプ政権への懸念と対処についてAAAS(アメリカ科学振興協会)の年次大会で交わされた議論について詳しくご報告いただきました。 フロアディスカッション その4 質問者F 科学者と一般の人にギャップがあって、そこを埋めるというのが先ほどまでのお話だったと思うんですが、何か実際にギャップを見る機会のようなものはありましたでしょうか。 春日 今回の会場はボストンという大学街で、科学者・研究者・制作関係者以外とはほとんどコミュニケーションしていないので難しいのですが、報道などを見ていると、ボストンを含めて都市部だと、エスニックマイノリティの人は普通に町中にたくさんいます。それに対してネガティブになるのはとんでもない、みたいな雰囲気がありますし、知り合いの日系人のハーバード大の教授がいるんですが、街を歩くのが怖くなったとは言っていました。ボストンでは身体的な危険を感じることはそれほどないものの、やはりあちこちで敵意をあおられているような感じがする、と。単なる旅行者だとなかなか感じないのでわからないですが、深刻な分断というのは恐らくあるんだろうとは思います。あまりお答えになっていなくてすみません。 白川 ニューヨークに住んでいる私の友人は、如実に感じているようです。何か妙によそよそしくなっているんじゃないかという感覚が結構あって、彼はもともとはFacebookでかなり発言していたんですが、何があるかわからないからと今はほとんど発言しなくなりました。一般の方と科学者との乖離の話については、西川伸一先生(NPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン代表)がYahoo! ニュースに面白いことを書かれています。『Nature』にも載っていた話なんですが、大統領選挙の前にアメリカの各分野の科学者を対象に、自分が保守か、中道か、リベラルかを選ばせる調査をしたところ、ほぼ9割が中道からリベラルを選んだ。でも実際の投票行動は全く違っていたわけです。それで西川先生が書かれていたのは、この乖離について科学者は本気で理解しないと危ないのではないかと。実際、その通りだと思います。 小山田 自分はリベラルでもトランプに、共和党に入れた人ですね。研究者としての信条と、一生活者としての行動は違うかもしれない。 質問者G あまり詳しくないんですが、聞くところによると、スティーブ・バノン主席戦略官(Steve K. Bannon前主席戦略官、2017年8月に解任)でしたっけ、彼の意向、彼がトランプの選挙戦中に言っていた公約が今、粛々と実践されているという話を聞いているんですが。バノン個人に対して何か、対策のようなものは話し合われたりしたんでしょうか。 春日 個人名が出ていたわけではないですが、科学者が、環境問題なんですが、気候変動などに関してこういうものですよと説明しても、バノンのところのようなメディアが全然証拠にもならないような証拠を取り上げて反対すると皆そっちを信じてしまう。要するにメディアがちゃんとメッセージを伝えられなくなっている、それに対してどうするかという話はありました。年次大会の時にはまだ『どうしようか』くらいの話止まりでしたが、白川さんのお話だと具体的な対策方針がだんだんまとまってきているようにも思えます。 白川 バノンについてはソースはよくわからないですが、トランプ政権の科学政策って反科学じゃなく『無』なんです。だからバノンも恐らく予算案には関与していないんじゃないかというのが科学者側の認識ですね。AAASの方から個人的に聴いた話によると、Political Appointee(大統領など政治家が自身の裁量で、政府の要職を占める人材を任命、配置すること。政治任用制)の46ポストのうち、科学技術政策局の事務次長1人以外が決まっていないのだそうです。今回の予算案についても、各機関のディレクターは呼ばれた形跡がない。バノンも興味がないだろうし、ほんの数人で作った案なのではないかと。ここからは私の見立てですが、作らなければいけない、公約通りでなければいけないからと作りはしたものの、経済系の主要な人たちは全く興味がないし、関与もしていない。日本で言えば事業仕分けの担当者が勝手に決めちゃいましたという程度のものかもしれません。
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