「COVID-19はビッグ・ファーマがつくった」など、興味深い陰謀説

パンデミックのさなか、陰謀論が事実に基づいた情報よりも間違いなく人々の興味を集めた

「COVID-19はビッグ・ファーマがつくった」など、興味深い陰謀説

COVID-19のパンデミックにより、世界はほぼ2年ものあいだ動きを止めた。その間、ウイルスの発生源やパンデミックと闘う方法に関して、ありとあらゆる仮説が世界で浮上し、語られてきた。

突如発生したかに見えたパンデミックに見舞われ、新型コロナウイルスに関するはっきりとした情報は、ながらく手に入りづらかった。ソーシャルメディアを通して世界中のニュースにほぼリアルタイムでアクセスできる現代であるから、そのような情報の欠如が陰謀論の温床となったのだ。
ウイルスが研究所から意図的に放出されたという説から、ビル・ゲイツ首謀説、5G原因説まで、さまざまな陰謀論が流行し、一般人や著名人の興味を引いてきた。さらに、インターネットにより人々がかつてないほどつながり合っているために、それらの怪しい仮説が広く根をおろした。
それらの「作り話」のなかには到底信じられないようなものもあるが、一部の人々は信じ続けている。そして、かなり多くの人々が、ウイルスの存在そのものやワクチンの有効性、あるいはその両方を疑っている。ピュー研究所によるサンプル調査で、パンデミック関連の陰謀論を完全に信じているのは5%のみだが、20%の人々もその一部を信じていることが分かっている。

その結果、陰謀論を信じる個人や集団と、科学的な視点からパンデミックを捉える人々のあいだで対立がおきている。

今ではインターネットで多くの情報が得られるにもかかわらず、いくつかのCOVID-19二冠する陰謀論はいまだ根強く残っている。そのなかには、いかにいそれっぽいものも、まったく愉快なものも、あるいはハリウッドのスパイ映画から飛び出してきたようなものまである。

1.世界の人々の自由を弾圧するためにウイルスが意図的につくられた説

世界的な陰謀論ムーブメントを引き起こしているQアノンによると、新型コロナウイルスは世界中の人々の自由権を制御するために意図的に開発されて放出されたという。この説は、悪魔崇拝者・小児性愛者の世界的な秘密結社が人々の自由を脅かす、というQアノンの基本思想と合致している。
Qアノン信奉者は、パンデミックを操っているのは同じ地球規模のエリート集団(世界を牛耳ろうとする、個人や政府組織の強力団体)で、当時のアメリカ大統領ドナルド・トランプの再選キャンペーンを妨害するためにパンデミックを引き起こしたと信じている。

一部の世界的な富裕層が絶大な権力をもち、あらゆることをコントロールしている、という仮説は、エンターテイメントとして大衆受けしてきた。似たようなテーマで、『名誉ある撤退:ニクソンの夜』(1984)や『ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ』(1997)、『影なき狙撃者』(1962)(2004年に『クライシス・オブ・アメリカ』としてリメイク)といった映画がつくられていることがその証拠だ。

2.中国の研究所で生物兵器としてウイルスが開発された説

非常に多くの人々が、とりわけ西洋諸国において、COVID-19ウイルスは中国の研究所で不道徳な研究者によって開発されたと信じている。結局、ウイルスが世界の注目を集めたのは、2019年の暮れに、中国の武漢に住む人々が重度の呼吸器疾患を発症したときだからだ。

この陰謀論が広まった原因のひとつは、武漢ウイルス研究所の存在だ。そこでは偶然にも、コロナウイルスの研究が主に行われていた。
また、ドナルド・トランプ前大統領が「中国ウイルス」と呼んだことも一因となっている。トランプのTwitterアカウントは現在は停止されているが、8800万ものフォロワーがいた。だからこの陰謀論が急速に広まったのも当然といえば当然である。

ウイルスが生物兵器として放出されたとする説も根強い。Social Science and Medicine誌で発表された調査によると、回答者の28.3%がこの説を支持している。

この陰謀論が誤りであることは情報機関によって証明されている。しかし、一部の人々は中国政府の情報提供が不十分であるとして、なおこの説を信じ続けている。

「ジェイソン・ボーン」のような超大国同士のスパイ話は、いつも極上のエンタメなのだ。

3.コロナは「ただの風邪」説

パンデミックが始まった初期からずっと、多くの人々がCOVID-19は季節性インフルエンザと似たようなものであると断言してきた。この説が広く受け入れられたのは、新型コロナウイルス感染症の症状のいくつかが、インフルエンザの症状と似ているからだろう。

また、各国でソーシャルディスタンスの政策が実施されると、世界経済は大きな打撃を受けた。その結果、アメリカやブラジル、メキシコ、ベラルーシといった国々の指導者たちが、新型ウイルスはインフルエンザと大差ないのだから感染状況の収拾がつかなくなることはないと主張するにいたった。

さらに、ソーシャルメディアのインフルエンサーたちがこの説の広まりに拍車をかけている。イギリスのお騒がせタレント、ケイティ・ホプキンズは、オーストラリア製のコロナワクチンに関するInstagramへの投稿のなかで、新型コロナウイルスを季節性インフルエンザと呼んで拡散した。

また、ヨーロッパ7カ国から集まった12人の医師グループであるWorld Doctors Allianceは、新型コロナのパンデミックは通常のインフルエンザに過ぎないとする妄言動画を公開し、話題となった。

人々がソーシャルディスタンスを遵守しなくなるのにそう長くはかからなかった。もし、ただの風邪が世界的に流行しただけならば、がんじがらめの生活などする必要がないと思ったのだろう。

4.「ビッグ・ファーマ」(大手製薬会社)陰謀説

今でももっとも根強く残るコロナ陰謀論のひとつは、すべては製薬業界の策略であるとの説だ。

この説では、製薬業界の重鎮たちが、COVID-19の治療薬を売って利益を得るためにウイルスをまき散らしたとする。この説の支持者は、製薬会社がすでにワクチンを開発済みであったと主張する。かれらは、製薬会社がワクチンの売り上げを伸ばすためにパンデミックをつくりあげたと信じているのだ。

また、ファイザー社やモデルナ社、アストラゼネカ社といった大手製薬会社が、通常よりも速いスピードでワクチンを公開したとき、この説が、ワクチン接種に反対する人々(反ワクチン派)の間で大きな支持を得た。

しかし、ワクチンの開発スピードが通常よりも速かったのは、世界が一丸となってワクチンの開発に取り組んだからである。だが残念ながら、そのような事実は陰謀論支持者の耳には届いていない。

このようなビッグ・ファーマ陰謀説が容易に信じられるのも、実は不思議なことではない。いくつかの本や小説、映画において、力をもった製薬会社が極悪非道な悪党として描かれている。映画『逃亡者』では大手製薬会社が事件の影にひそみ、『ミッション・インポッシブル2』では架空の製薬会社がワクチンを売るためにキメラウイルスを作り出す。

実際、この怪しい陰謀説をもっともらしく思わせるような、現実世界の出来事も起こっている。たとえば、「製薬ごろ」と呼ばれるマーティン・シュクレリは、自社が販売する命に関わる治療薬、ダラプリムの価格を13.5ドルから750ドルにつりあげたことに関して、議会聴聞会のあいだでさえ、尊大な態度を隠そうとしなかった。

このような出来事が実際に起こっているので、明らかに虚偽であるこの陰謀論も、科学を信じない人々には筋の通った説であるように見えるのだ。

5.5G通信がウイルスを広めている説

パンデミック対策のために世界が活動を停止するその直前、いくつかの電気通信会社が5G通信を開発し、世間に公表した。
この技術は、当時は(現在でも)理解が広まっていないがために、5GがCOVID-19の決定的な要因であるとの陰謀論が湧き起こった。その説の支持者によると、5G周波が環境と健康に重大な影響を引き起こし、その最たるものがCOVID-19だと言うのだ。

この説は、主に数人の人気セレブが支持したことによって広まった。歌手のケリー・ヒルソンやM.I.A、ウディ・ハレルソンといった俳優らがこの問題について見解を述べ、それにより信憑性が高められたのだ。

くわえて、武漢が初めて5G通信を導入した都市のひとつであることから、ウイルスの発生源と一致するとの陰謀説が支持された。しかし、世界保健機関(WHO)が、ウイルスは電磁スペクトルを通じて広まることはあり得ないと表明し、このデマを打ち消そうとしていることを指摘しておく。

6.ビル・ゲイツがワクチンによって個人を追跡するマイクロチップを埋め込もうとしている説

パンデミック関連の根強い陰謀論のひとつには、ビル・ゲイツが登場する。この説によると、その大金持ちの慈善家が、ワクチン接種にかこつけてマイクロチップを埋め込み、大衆を支配しようとしているというのだ。

このデマは、いくつかの関連性のない事実により、広く信じられるようになっている。たとえば、2015年にエボラウイルスが流行するなか、ビル・ゲイツはTEDトークでそう遠くない将来にパンデミックが起こる可能性について語った。このことにより、ビル・ゲイツ首謀説の支持者は、ゲイツがCOVID-19のパンデミックを前もって知っていたと信じている。

また、ビル&メリンダ・ゲイツ財団からの資金提供を受けてMITが行っている研究も注目されている。その研究は、スマートフォンで読み取れる染料により皮膚の下に予防接種歴を記録する技術に関するものだったのだ。

しかし、ある研究者が、量子ドットでできた染料は追跡用のマイクロチップではないと指摘して、この説を否定している。さらに、ゲイツ自身もテレビのインタビューで、ワクチンと接種患者の追跡にはなんの関連もないと主張し、この陰謀説を否定した。

それでも、自分の腕のワクチン接種箇所に磁石をくっつけて、ワクチンには金属製の成分、つまりマイクロチップが含まれていると言い張る人たちが後を絶たない。これについても、著名な科学者たちが反論を続けている

7.ワクチンは健康な人にウイルスを植えつける説

ワクチン開発では通常、生きたウイルスか弱毒化したウイルスが用いられる。この事実こそが、コロナワクチンが感染症を引き起こすという間違った仮説を広めてきた。

しかし、目下承認されているワクチンに含まれているのは、ウイルスのごく一部(mRNAかウイルスベクター)のみで、それが生ワクチンと似たはたらきをする。事実、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)がワクチンによりCOVID-19を発症することはないと断言した。

他方で、CDCは、ワクチンにより新型コロナウイルス感染症と似た症状が引き起こされる可能性も指摘している。

8.ワクチン接種で不妊になる説

ワクチン接種に反対するもっとも深刻な主張のひとつに、ワクチンが不妊を引き起こすというものがある。この説は、ファイザー社の元研究員により広められ、パンデミック懐疑論者たちによってさまざまなメディアを通して拡散された。情報源であるマイケル・イードンが、ワクチンを製造するファイザー社と関わりがあったことが、この説のよりどころとなっている。

しかし、ファイザー社の現役の研究者たちやCDCがこの説の抜けを指摘した。コロナウイルスのスパイクタンパク質と胎盤のシンシチン−1タンパク質の類似性は無視してもかまわないレベルであることを強調し、女性不妊の心配はないと主張する。

また、ワクチンを接種した男性の精子に何の変化も見られなかったという研究結果が明らかになり、ワクチンの安全性が保証されている。

9.コロナワクチンが遺伝子を組み換える説

ファイザー社とモデルナ社がmRNAワクチンを発表したとき、反ワクチン派は、ワクチンが接種者のDNAに影響を与えると主張した。

この説は、モデルナ社の当時チーフ・メディカル・オフィサー、タル・ザクスが、2017年のTEDトークのなかで、mRNAワクチンがDNAのコード配列を書き換える可能性があると言及した、として広められた。これは間違った伝聞で、ロイター通信のファクトチェックにより、ザクスは言葉遊びで使っただけで、トークのなかでmRNAワクチンについては触れていないことが分かっている。

もうひとつの広く浸透している説は、人気のYoutuberである「自然療法コンサルタント」が唱えたもので、電気パルスを通してワクチンを接種すると、DNAが変わってしまうというものだ。そのようなワクチン接種により人間は「遺伝子組み換え生命体」に近づくと彼は主張する。

さいわい、そのようなSFチックなシナリオは現実にはあり得ない。mRNAが細胞核に入り込み、DNAに影響を与えることはない。実際は、mRNAは細胞内でタンパク質の合成を指示してコロナウイルスのスパイクタンパク質をつくり、それにより免疫反応を働かせるのだ。

主要な陰謀論の多くが、エンターテイメントの要素をもっていることは否定できない。そしてその事実こそが、ある種の人々を陰謀論に導いているのだ。

Jan-Willem van Prooijen博士は、「人々は多くの場合、陰謀論をエンターテイメントとして受け入れ、やがて陰謀論を支持するようになる」とBritish Journal of Psychology誌に掲載された「The Entertainment Value of Conspiracy Theories」(陰謀論のエンターテイメント的価値)と題する論文で述べている。

いくつかの例において、過酷な状況におかれた人々がストレスに対処するための一手段として陰謀論に頼る、という共通の心理作用があることが指摘されている。新型コロナウイルスのパンデミックは重大なストレス環境を形成する要素をすべて満たしている。

他方で、権力批判を当然のものとするコミュニティに属する人々もいる。そのような人々にとっては、政治家や専門家が行うパンデミック対策はすべて、自動的に不信と嘲りの対象となる。

Neophytos Georgiou博士は、「もし、世界を疑い深い目で冷笑的に見ているのであれば、現在のパンデミックに関しても懐疑的になり、何か良からぬことが裏で起こっていると信じるようになるかもしれない」と述べている。

つまり、たとえ確かな情報が手に入っても、陰謀論者たちはここでまとめた物語を楽しみ続けるだろう。それだけでなく、懐疑論者たちはさらに疑心暗鬼になり、疑惑を幅広く拡散していくのだ。

Related post

チベットの研究を通して見えてきたもの

チベットの研究を通して見えてきたもの

自分自身のしたいことを貫いて進んできた井内先生だからこそ見える世界、今後、チベットの研究をより多くの方に知っていただく活動にもたくさん力を入れていくそうです。これまで歴史の研究について、そして、チベットのことあまり知らないという人にもぜひとも見ていただきたい内容です。
チベット史の空白を明らかにしたい 日本のチベット研究者

チベット史の空白を明らかにしたい 日本のチベット研究者

0世紀から13世紀頃までのチベットでは、サンスクリット語からチベット語に膨大な数の経典が翻訳され、様々なチベット独自の宗派が成立したことから「チベットのルネッサンス」と呼ばれますが、この時代について書かれている同時代史料がほとんどありません。この「チベット史の空白」を明らかにしようと、日々研究されている京都大学白眉センター特定准教授の井内真帆先生にお話を伺っていきます。
自由な環境を追い求め『閃』が切り開いた研究人生

自由な環境を追い求め『閃』が切り開いた研究人生

後編では、黒田先生がどうして研究者になったのか?どのような思いを持ち、日々研究されているのか?などの研究への愛について語ってもらっています。自由な研究環境を追い求め、自由な発想をされる黒田先生だからこそ、生まれる発見がそこにはありました。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *