「研究費は増えている、でもその実感が全然ない」

藤田保健衛生大学・宮川剛教授インタビュー(3)

「研究費は増えている、でもその実感が全然ない」
今回のScience Talks-ニッポンの研究力を考えるシンポジウム、第1回大会「未来のために今研究費をどう使うか」、登壇者インタビューでトップバッターを切るのは、藤田保健衛生大学総合医科学研究所システム医科学研究部門、宮川剛教授です。
国内の脳科学研究でトップを走る宮川教授は、研究のかたわら第36回日本分子生物学会年会が主催する「日本の科学を考えるガチ議論」で今の日本の研究評価システムと、それを基にした研究費分配システムについて、まさにガチで国に問題提起をする活動をされています。(※以下、敬称略)


【湯浅】
研究しなくても安定したお給料がもらえる教授がいる一方で、研究をしたいのに研究費がつかなくてあきらめざるをえないポスドクや若手研究者があふれている。この状況をどう解釈していいのかちょっとわからないのですが。

【宮川】 大学というのは基本的に教育、研究、をやる場なんですが、そういう状況になってしまっており、そこは理解しにくいところでしょうね。

【湯浅】 はい。

【宮川】 教育なんかはさすがにコマ数をこなさなきゃいけないっていうのがありますよね。それはやらなければいけないですが。研究はべつにやらなくてもよい人がいる一方で、実績をいくらあげても常勤職につけない方々がいるという状況になっている。

【湯浅】 宮川先生には今回シンポジウムで日本の研究費のあり方についてお話をいただきますが、先生の主張は、ちゃんと研究をしている人とそうでない人をもうちょっと明確に評価をするしくみっていうものが必要っていう点ですよね。

【宮川】 そうですね。ただ、All or Noneではないので、明確に「研究をしている人」、「してない人」みたいにはならないと思いますが、評価は何らかの形できちんと行う必要はどうしてもあるでしょう。で、今、日本では、評価の仕方がやはり弱いですね。

【湯浅】 今回の議論のテーマが「研究力」なんですけれど、日本の研究力は弱っている、あるいは伸び悩んでいる、というデータが一応出ています。宮川先生ご自身は、日本の研究力が下がっている原因って何だと思われますか?

【宮川】 確かにいくつかも指標を見てみますと、全体として論文数や引用数が伸びていないというのはあると思います。この原因を、僕の個人的な経験から考えてみますと、日本では研究者が研究に集中できる環境にはあまりない、ということが大きな要因の一つであると感じます。

【湯浅】 うーん、そうですか。

【宮川】 研究費は全体の額は増えているわけですよね。おそらく増えているんですけど、せっかく研究費の総額が増えているにもかかわらず、その実感がほとんど得られない。研究費の増額というものが、研究成果を挙げる上で、効率的に機能しているとは思えないのです。

【湯浅】 現場では増額の実感が得られないということは、どういうことなのでしょうか。

【宮川】 われわれの研究室の研究費の額は2003年から今年までは徐々に上がってきています。それでもそういう実感が得られない理由として、やはり1つは単年度予算制度の問題があります。せっかく研究費をいただいても1年で使い切らないといけない。

また、研究期間が2年〜5年と短いということもあります。常に応募を続けなければいけないのです。研究費を取得したと思ったらまた応募しなければいけない。これがもう自転車操業みたいになっていて、もう本当に心の休まるときがない。研究に集中できないのです。

もう去年から今年などは、ほとんど研究費の申請に費やしています。一年中研究費の申請書を書いている。申請書・申請書・報告書、そして少し研究、また申請書、申請書、申請書、研究、報告書、報告書、研究、くらいの感じの時間の使い方になっている。

【湯浅】 取る労力がすごくかかると。

【宮川】 すごくかかるのです。

【湯浅】 でもそれやらないと研究できないですもんね。

【宮川】 できない。研究にもいろいろ種類があって、それほどお金のかからない研究と、あるレベルの研究費が必要な研究があります。われわれの場合、実験動物のマウスをかなり使う研究を行なっていて、さらにそれらの動物に対してリソースをかなり使った研究を行います。

ジーンチップですとか、次世代シークエンシングなどですね。そういうお金のかかるものを使って進めるようなタイプの研究ですので、どうしても研究費がかかってしまうのです。

【湯浅】 先生はご自身では研究費が増えている実感が無い、なかなか研究に割く時間がないという風におっしゃいますけど、外の人たちからみると宮川先生は一研究者として非常に成功されている方という風に思われているはずですよね。

【宮川】 まあそういう見方もあるかもしれません。

【湯浅】 それでもそう感じられているという事実に驚きますね。

【宮川】 研究費を申請するとき、申請書に研究の目的を書きますが、そこには他で取得している研究費と異なる目的を書く必要がある、ということもあります。これ、そもそも原理的にかなりおかしい側面もある、と僕は思っています。

【湯浅】 同じ研究を本来しているわけですからね。

【宮川】 目的としては、私たちの場合でいえば、精神疾患、特に統合失調症、躁うつ病、うつ病、その3種類ぐらいの疾患を始めとする精神・神経疾患の克服を目指してほぼすべての研究をやっているということがあります。

【湯浅】 でも予算を取るときには目的を変えなければいけないと。

【宮川】 その中で、目的を切り分けて書いているのです。でもそこにオーバーラップがあると、そこを指摘されて研究費で不採択にされたりするということがあります。

【湯浅】 そこまで細かいところを見るんですか、審査の方は?

【宮川】 うちは基盤研究というのに申請して、ここのところ2年連続して不採択におわっています。去年は基盤Bで不採択でしたし、今年は基盤Aで不採択だったのですが、4点満点で、採択者の平均と僕の平均点が0.1点ぐらいしか違いませんでした。微妙な違いなのです。そこで低い点をつけた理由としていただいたごく僅かな数のコメントの一つに「ほかの研究費との切り分けの説明が十分でない」というのがあったのです。

【湯浅】 本来は同じ研究目的の流れの中にどちらもあるから、完全な切り分けは確かに難しいですよね。

【宮川】 そもそも基盤的な研究費で行う研究の目的・方法というようなものは、たとえば精神疾患の研究というような大きな枠組みだけは保持する中で、基本的にその研究の流れ、実験をする中で出てくる新しいデータや、新しい概念・仮説など、によって自由自在に、臨機応変に変えることができるべきなのです。それがボトムアップの基礎研究の本来のあり方でしょう。

一方で、トップダウンで行われる国家研究プロジェクトで、たとえば何人分のゲノム・シークエンスをこれだけの研究期間で行なってください、というような種類のものがありますよね。そういう種類の研究費を他の研究の目的で使ってはいけない、っていうのはたいへんよく理解できるわけですが。

【湯浅】 そういう研究の成果と直接関係ないところで、研究費の申請にそこまで苦労しなければいけないというのも、奇妙な話ですね。

【宮川】 そうですね。ですので、限られた貴重な研究費から最大の成果を挙げることができるようになるためには、このようなことを含めてそもそも仕組みのほうを変えていただきたい、ということです。たとえば基盤的な研究費なんてものは、目的はものすごく広く取ることができるようにしていただきたい。研究室レベルで対処できることには限界があります。

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