持続的発展を目指して、産業の種を撒いていく。鹿児島大学産学・地域共創センターが取り組む地方創生のありかた(後編)
- コラボレーションインタビュービジネス大学経営日本語記事
- April 3, 2020
鹿児島大学は、島嶼を抱える鹿児島を中心とする南九州地域の産業振興、医療・福祉の充実、環境の保全、教育・文化の向上など、地域社会の発展と活性化に貢献することを目指して、2018年 4月に「南九州・南西諸島域共創機構」と「産学・地域共創センター」を併せて設置した。
同センターが推進する「南九州・南西諸島域の地域課題に応える研究成果の展開とそれを活用した社会実装による地方創生推進事業」は、文部科学省が平成29年度に国立大学法人運営費交付金に加えて新たに創設した「国立大学法人機能強化促進費」の採択を受けたものである。
鹿児島大学の産学連携の取り組みの軸となっているのは、地元の産業を育て、発展させ、地域に還元すること。諸島部を回って課題を掬い上げるスタッフと大学研究者が協力し、課題に対してひとつひとつソリューションを提供していく。民間企業とは異なるアプローチで地方創世に取り組む、鹿児島大学産学・地域共創センターの中武貞文氏にお話を伺った。
(インタビュアー 湯浅誠(Makoto Yuasa)カクタス・コミュニケーションズ株式会社・日本法人代表)
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現場の課題を持ち帰り、研究者を巻き込んで解決していく
湯浅:鹿児島大学さんの手法では、大学で研究している先生の研究テーマをシーズにして企業に働きかけるというよりは、地域にある既存の素材や産業をうまく活用して、そこに大学の知恵を入れて高度化させるというイメージですよね。それって具体的にはどういう流れになるのですか?
中武:これまでの大学の取り組みのなかで、地域貢献の活動で、COC事業という地域拠点事業がありました。その中で、こういった分野については、研究者のグループがもうすでにできていたんですね。
そこで、我々が得てきた情報を、彼らのなかに放り投げていくと、それだったらこういうやり方でできますよ、そんなに難しいことではなくて、こういう風にしたらいいですよというアドバイスや、あとはそれをじゃあ僕がやりましょうかというリアクションをもらえます。むしろ地域の問題点やニーズというのが、ものすごく漠然としていて、なんとかしてくれと丸投げ状態で受けることがほとんです。その要望に応えるのにはテクノロジーが必要なのか、もしくは人文社会系の知識がないのか、という調整を我々の方でしています。
これはスタッフと話題になった例なのですが、寒干し大根っていう、高い櫓を組んで、冬場に大根をかけて漬物にする伝統産業があります。じいちゃんばあちゃんたちが、もう続けるのは無理だって言って、でもそこの伝統産業だからなんとかしてくれということで、機械系の先生を連れて、みんなで寒干し大根を干してるところを見に行ってみたんですよ。
現場の課題を持ち帰ってきて、これってパワーアシストになるのとか、そもそもなんで干す工程が要るのかとかを、現場の情報が見えた状態で大学の研究所で検証すると、これってひょっとしたら画像処理でなんとかなりませんか、これって制御でなんとかなりませんかというある仮説が見えてきます。そういう風にネタや課題を学内にどんどん投げて研究者の先生たちに相談している状態です。
産学連携は大学運営に直接つながって行く
湯浅:産学連携のスタッフに必要な素質ってありますか?
中武:物事を専門的に深堀りするというより、深堀りしようと思えばできるけど、立ち位置をジェネラリスト側に置く人でしょうか。情報をインデックスだけでも読み下すことができて、あとはコミュニケーション能力が高いであるとか、相談をちゃんとしっかり受け止めることができるのも重要ですね。
湯浅:物事を俯瞰的に見る力が求められるんですね。
中武:はい。うちに新しく入った方は、おひとりは元水産学部の教授で、一旦民間企業に行かれて、社会実装の役割に就いていますし、もうおひと方はずっと県で行政職員をされていた方で課題発掘やコンサル能力を発揮されています。あともうひと方は、ずっと他の大学で助手をされてた方ですが、起業経験もあり、島嶼部で環境関係の仕事をしていた人です。専門以外で地域のいろんな状況を見てる人っていう方と、結果的に今一緒に仕事をしていますね。
湯浅:産学連携に関してはしっかり取り組んでいる大学さんと、そうでない大学とがあるように思えるのですが、他の大学さんをご覧になられてどうでしょうか?
中武:名ばばかりの組織があるだけ、という大学は少なくなっていって、産学連携が大学の経営に直接つながるような方向に向かっていっていると思います。我々もまさに、昔は産学連携への興味が必ずしも高いとは言えなかったと思いますが、今は強い関心があります。他の大学でも産学連携の部署にいた方が理事に就任されたり、産学連携に関わっていた方が大学経営のなかに入っているという傾向はあると思います。
なので、経営陣と産学連携の現場の意思疎通ができているところは、学内の資源配分も重点化されてきてるのかなと思います。唯一の懸念は、今日本の大学は学長のガバナンスとトップダウン機能を強化しています。それ自体は大学改革を進める上で必要なことだと思いますが、トップが変わると大学の体制ががらりと変わるので、長期的に1つの事業を継続的に、一貫した大きな流れの中で成長させていくことが難しいことですね。
湯浅:鹿児島大学では、学内で産学連携が重要だという意識に変わっていったプロセスはどのようなものだったのですか?
中武:最初にプレイヤーになる人の裾野が広がっていきました。たとえば共同研究や企業に積極的な指導教員がいると、その下で初めて産学連携に触れた若手の先生たちは、そこで知財のこともちゃんと勉強して重要性も認識して、産学連携の契約関係についても理解して、今度はポスドクになり、助教、准教授と上がってきます。で、その指導教員の人たちはどんどん教授から大学の経営層へと入ってくるようになったっていうのが、僕が観察していて見えてきた流れです。裾野と浸透が進んでいます。
湯浅:鹿児島大学だけではなく、今全国的にそういう空気はあるんですか?
中武:あるはずだと思いますし、あるべきだと僕は思います。
湯浅:その差が出始める時期かもしれないですよね。
中武:そうですね。差が出始める時期だと思います。鹿児島大学では、マネジメント全体を変えていかなきゃいけない!単に営業部隊揃えたからって活性化しない!頑張った人にインセンティブを与えることを本気で考えて、改革しないといけない!という思いを持つ人が増えてきたんですね。うちのセンター長など、「産学連携や技術移転を頑張った研究者には高い給料を払うべきだし、外から稼いできた産業収入を給料として反映させるくらいのことをしないと」って言ってるんですよ。
地方創世のパフォーマンス指標と、地元就業に向けた課題
湯浅:大企業と共同の産学連携では、大学のKPIはいくら外部資金を取ってきたかというところになると思うんですが、地域から産業を起こすという産学連携の場合は、何がパフォーマンスの指標になるのでしょうか?
中武:ひとつは地元就業が進むというのがあります。地方って人口を輸出してるところがありますから。確かに国もそういう問題意識で、COCプラス事業などを行っています。地元就業と大学による地域産業振興という、これまで別の文脈で議論されてきた2つの課題が、ようやく少し距離が近づいてきたのだと思います。
そうなると次なる課題は、優秀な人材が地元で働けるような会社を提供できるのか、それとも地元にいる優秀な人たちが自分から会社を起ち上げることを支援するのか。鶏が先か卵が先かという話ですが。鹿児島の場合は事例として、たとえば焼酎産業とかがあるわけですが、昔は焼酎業界なんて職人の世界で、大卒者は入らなかったと聞いています。
ただ販売量が増え成長し、研究開発にお金を回せる形になってきたときに、大卒者が入って、研究が進み、酒質の改善が進んで、そこでまた味が良くなり販売が増えて…という好循環ができたと聞いています。このほか鹿児島では黒酢産業も似た経緯を辿っていますね。
湯浅:なるほど。では鹿児島大学には優秀な人材が集まったけれども、地域で大学で生まれたアイディアをビジネス化してくれる人材がいないケースの場合はどうするんでしょうか?
中武:それ以前に鹿児島の人もそうですし、島しょ部もそうなんですけども、みんな18歳,22歳くらいで島を出て都市部に移ってしまうんですよ。教育機会の不足、将来の就業機会の不足、どちらの問題も絡んでいるので、どこまでを経済政策として語り、どこからを行政や社会の在り方として語るかという視点が必要です。
我々はその中で、勝ち目のあるシナリオをどうやって選ぶかを考えています。東京や都市圏では、特定の産業が衰退しているのであれば別の新しいことをやれば良いっていう新陳代謝が活発ですが、地方はそうはいかない。狭い地域の中で、外から入ってくる人も少なく限られたプレイヤーで活動していて、代わりがいない状況なんです。この問題を解決することがどの地域大学にとっても急務だと感じていると思います。
ものづくり以外のアプローチと、民間企業ではできないイノベーションを担う大学の役割
湯浅:九州は地域的に、韓国と中国にも近いので、鹿児島の産業資源に興味を持つ近隣諸国の企業や外国人とつながる企画なども検討されているんでしょうか?
中武:農産物の輸出プロジェクトは、九州大学を中心にして複数の大学が連携して行われています。これからは、九州の大学はもっと韓国語と中国語のスキルを上げるような教育カリキュラムにしましょうとか、貿易の授業を入れてみましょうとか、そういう変化は必要かなと思います。
観光プログラムやツアーのメニューも、東京、大阪、名古屋と同じようなメニューではなく、独自性が欲しいですよね。最近、鹿児島は海外の観光客から温泉や食、多様な自然で人気があります。
湯浅:九州地方は観光資源が多く、他の地域と比べても、豊かな食文化があって、気候も温かいので観光ビジネスはもっと成り立つ気がします。
中武:一昨年から観光庁とのプロジェクトで、世界遺産を視野に入れた研修を鹿児島大学で行なったりもしていますし、今後ももっとそういった動きが出てくると思います。今までは産業というとものづくりが多かったですが、サービスに対するアプローチとか、国際化とか、そういう取り組みが今後増えていくでしょう。
また、「鹿児島大学サポーター制度」という、鹿児島大学のOB、OG人材を使っていろいろな地域の困りごとや地域の情報を持ってきてもらう活動を始めようと考えています。この制度で集めた課題を情報システムでマッチングできるような仕組みを作ることが狙いです。
湯浅:そうすると地域の課題がもっと大学に認知されやすくなりますね。
中武:はい。やっぱり民間企業はサイクルが速いので、短期的な成功や課題解決に注力しがちですが、大学の役割は、民間企業ではできないところを少し長い視野を持ちながら展開していく立ち位置だと思います。地域と大学、企業がお互いの強みと課題を理解し合い、補完しながら成長していくような仕組みを、大学を中心にして作っていけたらいいと思っています。
中武 貞文(NAKATAKE Sadafumi)
鹿児島大学 産学・地域共創センター 連携推進部門 部門長/准教授
大阪大学理学部化学科卒、大阪大学理学研究院無機及び物理化学専攻博士課程前期修了、鹿児島大学大学院人文社会科学研究科地域政策科学専攻博士課程後期単位取得退学(財)日本気象協会福岡本部勤務、九州大学知的財産本部学術研究員・同大産学連携センターリエゾン部門助手等を経て、2008年より鹿児島大学産学・地域共創センターに勤務。企業と大学研究者のコーディネートに加え、大学の知をさらに社会に展開する活動や仕組み作りを行う。