伝統的な学術出版社の最新トレンド
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- February 3, 2021
学術ジャーナルを積極的に買収し始めた1960~70年代以降、学術出版社は科学情報の門番としての役割を果たしてきた。今や世界には推定30,000点もの学術ジャーナルが存在し、それらを2,000以上の出版社が運営している。
2010年、最大手の商業出版社であるElsevierの科学系出版ユニットの利益幅が36%に達したと報じられた。これはその年のAppleやGoogle、Amazonよりも高い。250億米ドルにも届く収入をほこる商業学術出版は、きわめて利益率の高い産業なのだ。しかも、この傾向がずっと昔から続いてきている。
インターネット時代が到来し、あらゆる情報が無料で手に入るようになった。オープンアクセス・ムーブメントにより旧来の出版モデルは崩壊の危機に瀕している。それでも、商業出版はかわらず高い利益率を維持している。
学術出版業界の稼ぎ頭は科学論文だ。従来の購読モデルでは、出版社が所有するジャーナルの論文にアクセスするために読者が手数料を払う。しかし今日では、ほぼすべてのジャーナルがオープンアクセスになりつつある(完全にオープンアクセス化されているジャーナルもあれば、著者がオープンアクセスにするかを選べるものある)。Elsevierは、所有する2,500のジャーナルのうち2,300点以上で、研究者自身が投稿論文を無料で公開する権利を認めている。
2000年代初期、オープンアクセス・ムーブメントが重要性を増してきた。税金に支えられた研究、つまり政府の助成をうけている研究は無料で一般に公開されるべきだと考えられ始めたのだ。ヨーロッパにおけるPlanSや南米におけるSciELOなどの主要出資者のグループから、無料で研究成果にアクセスできるようにすべきだとの声が高まった。
オープンアクセスは出版社の間で長らく議論の的であり、質の高い研究成果に無料でアクセスできるようになると、自分たちのビジネスが成り立たなくなるだろうと当初は考えられていた。しかし、今や多くの出版社がオープンアクセスを積極的に推進している。なぜ、出版社はオープンアクセスに反対する立場から、受け入れる立場へと舵を切ったのだろうか。そして、どのようにしてオープンアクセスを成功モデルへとつくりかえたのだろうか。いくつかの要因を見ていこう。
勝てない敵は味方にする
「オープンアクセスの脅威を生き抜き自分たちのプレゼンスを保つためには、その変化に適応するのが唯一の方法だ」と出版社自身が気づいたと言っても過言ではないだろう。そして実際、彼らは適応を遂げた。
多くのジャーナルは「購読モデル」から「著者支払いモデル」へと切り替えた。つまり、読者は論文を読むために料金を支払う必要がなくなり、他方、自分の論文をオープンアクセス化する研究者が掲載料金を負担するようになったのだ。また、出版社はオープンアクセス化に際して、様々な選択肢も提示している。たとえば、著者が自分で論文を公開するグリーン方式か、出版社が所有するオープンアクセス・ジャーナルに投稿するゴールド方式か。あるいは、オープンアクセス版のみのジャーナルか、従来の購読モデルとオープンアクセスを併用するハイブリッド型か、などの選択肢が用意されているのだ。
出版社によるオープンアクセスへの取り組みは、さまざまな段階で見られる。SAGE Publications や Springer Nature、Taylor & Francis、Wileyなどの大手出版社はオープンアクセス学術出版社協会に加盟している。また、Wileyは2019年にProjekt DEALと3年契約を結び、自社が所有するジャーナルへのアクセス権を700以上の学術機関に付与している。
たくさんの卵を育てるため、多くのカゴを用意する
現代の出版社は経営の多角化を見据えている。そのひとつが、研究者への多様なソリューションの提供だ。そしてそれは多くの場合、ひとつのエコシステムへと集約される傾向にある。
わかりやすい例として、もう一度Elsevier社の取り組みを見てみよう。この最大手出版社は、今では出版の枠を超え、次のようなおびただしい数の製品・サービスを提供している。Scopus(論文の抄録・引用文献データベース)、EMBASE(生物医学データベース)、 SciVal (研究成果を可視化するツール)、Pure (研究情報の管理システム)、Analytical Services (研究成果分析)、Elsevier Fingerprint Engine (自然元号処理テクニックを使用したテキストマイニング機能)、Mendeley(文献情報管理ソフト)、QUOSA (文献管理ツール)、Veridata(データ収集ツール)などなど。
また、出版社は外部へソリューションを求めることも辞さない。ElsevierはSSRN eLibraryの買収後、First Lookという、自社のジャーナルがSSRN上でプレプリントを発行できるサービスを開始した。Taylor & Francisが買収したF1000Researchは、プレプリントを発行し、オープンな査読と論文出版後の改訂を可能にするプラットフォームを提供する。WileyとSpringer Natureも同様のプレプリント・サービスを提供している。WileyのUnder Reviewでは、著者がプレプリント・サーバーのAuthorea上で論文を提出し、追跡できる(WileyはAuthoreaを2018年に買収した)。Springer NatureのIn Reviewでも、研究者がResearch Square上で査読過程など投稿論文の状況を確認できるサービスを提供している。
いま、研究者は多くのソリューションを選ぶことができ、その数や種類が今後も増えることは間違いない。出版社はさらに積極的にそれらのソリューションを増やそうとしているので、研究者は自分の論文の出版に際して、よりシームレスな体験を得られるだろう。もはや、文献検索、投稿に適したジャーナルの選択、投稿前のチェック、論文投稿といったそれぞれの段階で、別々のソリューションを使う必要はない。研究者にこれらすべてのソリューションを提供するワン・ストップ・ショップを目指す出版社が増えているのだ。
波に乗る
オープンアクセスの潮流を語るとき、あまり一般的には触れらないことのひとつに、中心となる大波の存在がある。出版社が、完全とは言えなくともある程度はオープンアクセスへと移行していることは見てきたが、この変化の背後で出資者の存在が重要な役割を果たしていることは無視できない。
ヨーロッパでは、欧州委員会(EC)と欧州研究会議(ERC)に後押しされるPlanSが強い影響力を持っている。アメリカでは、オバマ政権が2013年、税金で支えられた研究の成果はジャーナルに掲載されたら12か月以内にオンラインで無料公開されなくてはならないという方針を打ち出したことで、オープンアクセス化の動きが加速した。
過去数年間で、ウェルカム財団やゲイツ財団(どちらもPlanSに加盟している)といった主要な出資団体、マサチューセッツ工科大学、NASAもオープンアクセスの方針を採用し始めた。
出版をとりまく状況は高度にからみあっており、その関係者は相互に依存している。ひとつのセグメントでの変化は別のセグメントへ影響を及ぼす。出資者と研究機関がオープンアクセスへと移行しつつある現状で、出版社がその後に続くのは当然のことだ。しかし興味深いのは、出版社がもたらしたイノベーションのレベルである。かれらはオープンアクセスを受け入れるだけでなく、さらに強大なものへと進化させているのだ。出版社は今後、どのようなイノベーションを起こしていくのか。世界中の研究者がその変革を待ち望んでいる。
雑誌「ScienceTalks」の「オープンパブリケーション新時代がやってきた!筑波大学とF1000Reseachによるムーブメント」より転載。