ポスト真実がやってきた! トランプ時代にどう変わる? アメリカの科学と政治(2)
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- September 27, 2017
Science Talks LIVE、2016年度最終回となる今回のテーマは、今年1月の誕生以来極度の保守主義やアンチサイエンスで何かと話題に上るアメリカ・トランプ政権。戦後初めて誕生した『科学に興味がない大統領』とも言われるトランプ氏の下でアメリカの科学政策はどう変わるのか。日本や世界の科学の動向に、どんな影響が出てくる可能性があるのか。文化人類学者、科学社会学・科学技術史学者の春日匠(かすが・しょう)氏をゲストに、トランプ政権への懸念と対処についてAAAS(アメリカ科学振興協会)の年次大会で交わされた議論について詳しくご報告いただきました。
トランプ政権を生んだもの:アメリカの政治・宗教事情
春日 初めましての方もいらっしゃいます、お会いしたことがある方もいらっしゃいますが、春日と申します。よろしくお願いします。もともとは文化人類学者でして、その後科学技術政策とか、科学技術コミュニケーション、科学技術社会論のようなことを研究しております。サイエンス・サポート・アソシエーション(SSA)という任意団体に所属しておりまして、こういう科学技術政策関係の調査も団体の目標には掲げて来ていたんですが、任意団体ではお金がなくて難しいというところがあって。今回はネットで寄付を募らせていただいて、アメリカに行かせていただいた、そういう次第です。
アメリカに調査に行きたいと思った動機なんですが、今の小山田さんのお話にもあったように、アメリカの政治と科学が危ない、見に行かなければ、ということです。
まず、今のアメリカで一体何が起こっているのか、社会状況から少しだけお話しします。最近の大統領と候補者をここに挙げたんですが、左上が民主党の大統領だったオバマ氏、今回大統領候補だったクリントンさん。左下、同じ民主党のサンダース上院議員は最終的に候補者にはなりませんでしたが、予備選で大旋風を巻き起こした、泡沫候補から一気に2位にまで駆け上がった人です。右上は共和党の候補ですね、前々回はマケイン上院議員、前回はロムニー元マサチューセッツ州知事で、この2人は産業界にも非常に近い、アメリカの格差社会の象徴というのか、これまでアメリカ社会の中心にいた、ある意味エリートと言える人達です。それに対して、右下は前々回の副大統領候補のペイリンさんと、前回の副大統領候補のライアンさん。
何故わざわざ4象限にしたかと言いますと、まず民主党から見ると、共和党というのは排外主義的で不寛容ということになります。逆に共和党から見ると民主党は弱腰で米国文化を破壊している、外国の文化戦略を許している人達です。要するに共和党が右派、民主党が左派です。上下の違いは何かというと、上はいわゆるエリート層の人たちで、下の人たちは最近になって出てきた新興勢力です。下の人達は格差解消に熱心ですが、上の人達から見ると新興勢力は経済音痴で、彼らの経済政策には合理性がない。要するに一般大衆の人気取りのためだけにやっているように見えている。逆に言えば下の人から見ると、上の人達は格差助長、エリート主義、既得権益を持っている人ということになります。ただ、共和党の場合にはペイリン、ライアン両副大統領候補は既に共和党執行部の中心にいて、ポピュリズムの方が政党を支配してしまったような状況なんですが、民主党のサンダース上院議員はまだちょっと部外者という印象があって、民主党の中心にいるわけではない。
共和党についてですが、ペイリン、ライアンのような人たちが何故支持されているかというと、アメリカの一番のマジョリティである白人層は、だいたいキリスト教徒です。キリスト教にはご存知の通り、カトリックとプロテスタントの2種類があって、更にプロテスタントはその中で色々な流派に分かれています。ざっくり言うと、いわゆる自由主義神学といって信仰というのは心の問題であると考える人達と、政治や社会と聖書の信仰は一致しているべきだと考える福音派という人達がいて、以前は自由主義の方がメインストリーム、メインラインと呼ばれて多数派だったんですが、福音派が今、どんどん増えてきています。頭数も増えているし、政治首長も近いということで共和党がここに支持母体を見出していて、彼らの支持を取り込まないと勝てなくなっている。
福音派の人達というのはどちらかというと、外から来る移民などには不寛容で、アメリカはキリスト教徒の国だ、キリスト教の倫理や文化を守って生きていかなければいけないと考えていて、共和党の政策もそれに引きずられています。そうなると、社会の変革というのを嫌うので、ものにもよるんですが、科学技術の発達に対しては敵対的になります。例えば、幹細胞の研究には倫理的に非常に大きな問題があると主張している人達が福音派です。
共和党の支持基盤というのは何故か色々なグループが入り混じっていて、これは宗教ではなく政治主張ですが、リバタリアン(新自由主義)と言われる、国家はなるべく小さい方がいいと考える人達も共和党を支持しています。税金はなるべく安く、規制は少なくというのが彼らの主張で、福音派とは違って都市部の裕福な層に多いのですが、中央政府はなるべく人々の生活に介入しない方がいい、という共通した価値観、その1点だけを拠り所に共闘したのがティーパーティー運動です。そしてこのティーパーティが、先ほどのペイリンさん、ライアンさん達を支持しています。このような状況に加えて、例えば気候変動の問題で温室効果ガスの排出を規制することに対しても反対側の立場が多いということで、従来の重工業者なども共和党についている。
一方民主党の支持基盤は都市住民、メインラインのキリスト教徒、或いは信仰を持っていない人達です。どちらかというと、中央政府が人々の生活に介入して、大きな政府で福祉をきっちりやるべきだと考える人が多いですし、環境問題やバイオテクノロジーの研究にも積極的なので、従来の重工業のグループが共和党を支持するのに対して、民主党の支持者にはIT産業、バイオ産業のようなベンチャーの経営者が多くいます。
昔、といっても戦後の話なんですが、労働組合が民主党を強く支持していた時代がありました。ところが20世紀の終わり、クリントン政権ぐらいの頃から規制緩和で外国の資本を積極的に導入したり、外国にアウトソースして、外国で生産した車をアメリカに持ってくるような政策を進めるようになったので、労働組合の支持が離れていくということになりました。今回顕著だったのが、五大湖周辺にラストベルトと呼ばれる、元々自動車や大規模な重工業で発展したエリアがあって、そこの労働組合が民主党を離れて共和党支持に鞍替えした。それが決定打になって、クリントン候補が負けてトランプ大統領が誕生したということになります。先ほど言った福音派のキリスト教徒が多い南部のバイブルベルト、重工業のラストベルト、この2つのエリアを落としてしまうと大統領選は非常に厳しくなります。
もう1つ、民主党の支持基盤内の対立というのがあって、クリントン候補は基本的には金融業やIT、バイオ系の産業と密接に結びついている。オバマ大統領も同じで、研究業界からは大変人気があるのですが、労働者層や貧困層から見れば、結局民主党は金持ちの政党になってしまったというイメージがあります。それに対して今回異を唱えたのが、バーニー・サンダース上院議員だったわけです。サンダース上院議員は、格差の是正を今回の非常に大きなトピックにしていて、例えば大学に進学できる人の世帯年収が年々上がっている、それを何とかするために大学の授業料を安くしなければいけないとか、そういうことを主張している。このところのアメリカは戦争に巨額のお金を使っていて、特に共和党政権で顕著なんですが、実は民主党もオバマ政権の時にはあまり変わらなかったので、中東和平などをきっちり進めて減らしていかなければならないだろうとサンダース議員は主張しています。この辺りは旧来型の労働組合、NGO、社会運動家が支持しています。
まとめると、オバマ政権時代には温暖化への取り組みを中心にした環境問題、価値観の多様性、移民や先住民の人達を応援するような話、社会的包摂、ソーシャルインクルージョンとも言いますが、社会的に弱い立場の人を孤立させずに、社会の一員として支え合おうとする考え方、この辺りが一応社会の合意を得たということになっていて、争点は資産の再配分をどうするか、格差の解消なのか、経済的効率の重視なのかというようなところでアメリカ社会は議論してきました。今回の選挙ではこういう枠組みに対する不満が噴出して、もう1度アジェンダが組みなおされて環境問題から製造業の重視などに争点が移された。それが今回の選挙の社会的意義ということになるかと思います。このような政治的、社会的な変化に科学者がどう反応するかを見に行ってきたというのが今回のお話です。