ポスト真実がやってきた! トランプ時代にどう変わる? アメリカの科学と政治(6)3
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- September 28, 2017
Science Talks LIVE、2016年度最終回となる今回のテーマは、今年1月の誕生以来極度の保守主義やアンチサイエンスで何かと話題に上るアメリカ・トランプ政権。戦後初めて誕生した『科学に興味がない大統領』とも言われるトランプ氏の下でアメリカの科学政策はどう変わるのか。日本や世界の科学の動向に、どんな影響が出てくる可能性があるのか。文化人類学者、科学社会学・科学技術史学者の春日匠(かすが・しょう)氏をゲストに、トランプ政権への懸念と対処についてAAAS(アメリカ科学振興協会)の年次大会で交わされた議論について詳しくご報告いただきました。
フロアディスカッション その2
質問者C トランプがアンチサイエンスである理由が良くわからないんですが、彼の支持基盤が重厚長大産業だから、気候変動についてあまり言われると不都合だから、政治的判断としてそこの研究を潰しにかかっているというだけの話なのか、それとももう少し根深い、いわゆるポスト・トゥルース(Post-Truth)と言われるように、科学的な世界観や態度が社会心理的な意味で崩れてきている、そういう現象がアメリカで起きているのか、どちらでしょうか。
春日 トランプ氏個人について言うと、多分、アンチというより無関心ですね。彼を選んだ有権者がどう思っているかというと、1つにはおっしゃるとおり、重厚長大産業が背景にいます。彼らにとって温暖化、気候変動の話は都合が悪いので、そこに手を出さない大統領を支援している。もう1つの支持基盤、キリスト教福音派の人達は、ある種の科学知識というものにお根本的な懐疑を持っている。聖書と科学の教科書の記述が矛盾していたら、聖書の方を信じるべきだと考えています。本当のところどの程度それを実践しているかはわからないですが、そういう考え方は持っていて、その人たちと石油産業の人達の利害がたまたま一致して、細かいところを見れば本当は矛盾だらけだと思うんですが、何となくそこで共和党支持という連合が成立してしまっている。こういう複数の事情が重層的に重なった結果たまたま起きている現象が今見えていて、たまたまではあるけれど、多分この先暫くは続くだろうと思います。
小山田 AAASでは大統領選挙の時に、選挙戦の途中で民主と共和両党のそれぞれの候補に科学関係で助言している人を連れてきてそれぞれの意見を聴く場を設けています。今回の選挙でもやるとは言っていたんですが、いざ会場に行ったらキャンセルされていた。そもそもそういう次元で議論していないんです。温暖化問題をどうするかというくらいなら議論があるかもしれないけど、もっと踏み込んで科学技術をどういう風に競争力に役立てるかみたいな話になると、議論にならない、争点にもならないです。アメリカの場合再生医療が議論になることはありますが、他の科学技術はあまり争点になっていません。
春日 前回私が行ったのは2007年の2月だったんですが、共和党の候補はもうマケイン氏に決まっていて、民主党側はクリントンかオバマかという2人の対決にほぼ絞られている時期でした。その時は共和党は呼ばれず、クリントン側は夫、ビル・クリントンの時の科学技術担当の政策アドバイザーだった人、オバマの方はシカゴでずっとマイノリティ向けの科学教育をやっているNGOの若い活動家でドクター・モンベルという人が対談をしていたんですが、暫く議論が続いたところで司会役の女性ジャーナリストから、『あなた方は多分、ブッシュ政権の科学政策を念頭に幹細胞や気候変動の話をされていると思いますが、マケインの政策は読まれましたか? マケインは幹細胞研究賛成、気候変動対策も推進すると言ってますよ』と突っ込みが入ったんです。共和党でも割とメインストリームにいる人は本当は幹細胞研究も、気候変動研究も熱心なんですが、それを言ってしまうと選挙に勝てない。マケインはもう落ちることはないでしょうが、こういう良識ある人がどんどん減って、若い人では全部ティーパーティや福音派の支持を受けて気候変動なんて嘘だと言う人達しか通って来ない、そういう状況はありますね。
質問者D 2点お願いします。1つは、再生エネルギーや気候変動に関する予算が減るということで、科学者もそこと他の分野の温度差のようなものはありますか? もう1つは軍事予算が上がるということで国防省の予算も当然に増えているんでしょうか?
春日 少なくとも会場にいた時の雰囲気としては、軍事を含めて産業応用に直結するような予算はもしかしたらトランプ政権で増えるかもしれないという話はありました。AAASの大会は2月で、まだ予算案は出ていないときだったので皆憶測で話をしていたんですが、減るところも増えるところもあるだろうねという感じで。ブッシュ政権の時も実際、軍事予算と産業応用性の高い予算が少し増えていて、気候変動や基礎研究の部分の予算は減ったので、今回もそういう感じになるかもしれないという話は出ていました。ただそれで分断されては困るので、AAASとしては一致して基礎研究や環境問題、地球全体の貧困、感染症、そういう問題が重要だということを言い続けましょうという話も皆さん割と仰っていました。
実は統計的に見ると、オバマ政権でも研究費が大きく増えたわけではなくて、寧ろ減った分野もあるんですが、それでもオバマが人気があるのは科学に対して理解があって、こういうところが重要だよねというコミュニケーションをきちんと科学者としてくれたという感覚を皆が持っていて、そういうところも全部含めた評価なので、全く関心のなさそうなトランプにお前にだけは金をつけてやると言われてもあまり喜べないんじゃないかなと、会場の雰囲気としてはそういう感じでした。
小山田 1975年以降の連邦政府の研究開発費のデータを見ると、各年のおよそ半分から60%がDoD(Department of Defense、国防総省)の予算になっています。半分以上もあるのかと思われるかもしれないですが、そのうちの大部分は兵器システムのプロトタイプを作ったり実装したりというような兵器開発費で、研究費として大学等に回るのはほんの僅かです。大学の方から見ると連邦政府からのお金がかなり大きくて、特にその内訳を見るとHealth & Human Scienceなので、NIHから来るお金が一番大きくなっています。ライフサイエンスの経費がやはり膨大で、防衛関連はほぼ横ばい、NSFからのお金もそれと似た傾向です。
米軍からアメリカの大学にお金が流れているとはよく言われますが、実際にはそう多くもないし増えてもいません。大学の種類による違いは当然あって、例えばMITとかスタンフォードのような工学系が強いところ、他にもテキサスA&Mやジョージア工科大学のようなところは多く貰っていますが、アメリカの大学システム全体に入るお金として一番大きいのはNIHなので、NIHの予算が18%減らされるとなるとやっぱりかなり影響が出て来るという印象です。もちろん軍事予算だとしても上がらないよりは資金量は増えるんですが、総額の大きいNIHが18%の減、元々それほど大きくない軍事予算が10%の増だとなると全然補てんできないし、分野も例えば脳研究のように一部共通する部分もありはするんですが、ライフサイエンス全体を補てんできるとも思えません。今後この影響が何処にどう出て来るか分かりませんが、過去のデータを見る限りこのくらいは言えるかなというところです。
質問者D NIHが18%削られた理由は何かあったのでしょうか。
小山田 すみません、私も教書そのものをまだじっくり読んではいないんですが、ファガティセンターを潰す話については、あれは端的に言うとアメリカのお金を国外に持って行ってしまう組織なんです。例えばアフリカの研究者がアメリカで博士号を取って母国に帰り、アメリカで培った知識をもとに、感染症の研究所を作りたいと思ったとします。それに対してMITが資金援助して、将来にわたってもその研究協力を続けましょう、ネットワークを作って行きましょうという話なんですね。これはCDC(Centers for Disease Control and Prevention、アメリカ疾病予防管理センター)をはじめとして世界的な感染症予防のネットワークづくりにもつながることだから、というような理屈で議会も承認して、アメリカの税金を国外に投資するということをしていました。多分それが、トランプのアメリカファーストの原理、アメリカの税金はアメリカのために使うものという考え方とは合わなかったのかなと。これは推測ですが、そういうことになります。他の細かいところについては、それぞれの分野を読み込まないとはっきりは言えないですね。