ポスト真実がやってきた! トランプ時代にどう変わる? アメリカの科学と政治(3)

ポスト真実がやってきた! トランプ時代にどう変わる? アメリカの科学と政治(3)

Science Talks LIVE、2016年度最終回となる今回のテーマは、今年1月の誕生以来極度の保守主義やアンチサイエンスで何かと話題に上るアメリカ・トランプ政権。戦後初めて誕生した『科学に興味がない大統領』とも言われるトランプ氏の下でアメリカの科学政策はどう変わるのか。日本や世界の科学の動向に、どんな影響が出てくる可能性があるのか。文化人類学者、科学社会学・科学技術史学者の春日匠(かすが・しょう)氏をゲストに、トランプ政権への懸念と対処についてAAAS(アメリカ科学振興協会)の年次大会で交わされた議論について詳しくご報告いただきました。

2017年2月、AAAS年次大会出席報告

春日 AAASについて、手短にご説明しておきます。AAASはアメリカの科学者たちが分野を問わず合同して、社会に科学を広めていくことを目的にする非営利のNPOです。世界で最も権威のある3種類の科学雑誌の1つ“Science”の出版元として知られていますが、他にも色々面白い試みをやっていまして、その1つに政策フェローシップというものがあります。これは何かというと、ドクターを取った科学者が議員のオフィスや各種の政策機関にAAASの経費で送り込まれて、そこで政策立案の手伝いをします。科学者の側は自分たちの知識がどういう風に社会の役に立つのかを学ぶチャンスになりますし、議員や政府機関からすると科学的な証拠、エビデンスを自分たちの政策に反映させることができる。1973年に始まって、科学者の社会的影響力を非常に高めている制度です。
日本でも福島第1原子力発電所の事故の時、ちょうどアメリカの原子力規制委員会の委員長だったヤツコさん(Dr. Gregory B. Jaczko)という人が有名になりました。彼も元々物理学で博士号を取得した後に、議員のオフィスにフェローシップに行って、こっちの方が面白いからと政治の世界に入った人です。政治の世界に行く人と、1年の任期を終えて戻ってきて科学研究に従事する人、民間に行く人と綺麗に3つに分かれるようで、この分散を期待してやっているようです。
今回行って分かったんですが、こういうプログラムが実は今世界中に広がっています。AAASが宣伝をして、他の国でもやるよういと言っているというのもあるんですが、他の国でもやっぱり政策には科学技術が大事だよねということで受け入れられて、ASEANやイギリスでも行われています。日本でも2007年、2008年ごろからやりたいという話は出ているんですが、あまり巧くは行っていない。政策、立案のプロセスがちょっと特殊で、議員オフィスに博士号を持った人が行っても結局コピー取りだけで終わってしまうというようなことになるのでなかなか展開していかないということがあります。
AAASではこの世界中で行われるようになったフェローシップのプログラムのネットワークのようなものを作ろうとしていて、そのレポート(https://www.aaas.org/GlobalSciencePolicy)がネットに出ているので、もし英語の分かる方は見ていただくと良いかと思います。
こういう活動が何故世界中に広がったかという事なんですが、このレポートの中で強調されているのは、今、持続的開発目標という国連の開発目標がありますが、貧困をなくす、女性の権利というような色々な目標が掲げられていて、どの目標も科学がないと達成できないので、科学者がどうコミットするかを真剣に考えなければならないという風潮が世界的に広まっているということです。持続的開発目標が策定された時にも、世界の科学者団体の上部団体のようなところが国連のレポートを読んで、科学的に見て合理的でない部分、問題がある部分を指摘して国連に返しています。こういうことが今世界的に行われているんですが、日本ではなかなかやれていないということがあって、それが大きな問題かなと思っています。
今回のAAASで他にどんな議論があったかを紹介していきます。
まずこの方が会長ですね、今年から会長になったバーバラ・シャール(Dr. Barbara A. Schaal)という有名な学者なんですが、彼女はトランプ政権を批判する発言をしています。例えば『科学技術が雇用に直結しない』『雇用を奪う』というのはうそではないかと。実際、科学技術関連の雇用はアメリカ全体で見ても増えていて、しかもそれはBasic Science、基礎科学が重要なんだと言っています。アインシュタインの相対性理論は現在ではGPSなどの技術に必須のものになりましたが、アインシュタインが相対性理論を考えた時にはGPSの技術が発達するという予想は到底できなかった。基礎科学というのは何が役に立つかわからない、これが産業の役に立つからこの研究を頑張らせようというようなことは不可能で、幅広く、しかも色々な人の意見を聴きながら国際的に進めていくしかないのであって、トランプ政権の政策はアメリカにとって脅威である、というような内容でした。
次にこちらは2日目に全体講演をされたオレスケスさん(Dr. Naomi Oreskes)という科学史家の方で、科学を軽視するトランプ政権、共和党政権が温暖化はうそだという意見を振りまいていると主張しています。
ジム・ハンセンさん(Dr. James E. Hansen)という気候学者、彼は政権に抗議して逮捕されたりしてるんですが、こういうアクティブな、逮捕とまではいかなくても、社会運動をする科学者が今必要なんだということを言っています。
それから憂慮する科学者同盟(Union of Concerned Scientists)というアメリカの老舗のNGOがあるんですが、そこの集会に、小山田さんのお話にもあったオバマ前大統領の科学技術補佐官、ジョン・ホルドレンさんが出席されていました。ホルドレンさんがこの時言っていたのは、皆さん、研究をとにかくちゃんと続けてください、と。ただそれだけでは不十分で、研究の時間の一部、10%とかそれくらいの時間を使って、政治に訴えるとか周りの人と科学の価値について話をするとか、そういう社会的なこともしてくださいというようなことでした。
この辺りは穏健派というか、穏健と言っても十分に鋭い政権批判、議論になってはいるんですが、会場の外ではトランプ政権の科学技術政策に抗議する野外集会が開かれていました。”Stand Up for Science”、科学のために立ち上がれという集会で、ここだと科学者が例えばマーベルコミックに出て来るヒーローのような扱いを受けている。開催都市であるボストンの市民や、年次大会の参加者が思い思いにプラカードを掲げて集まっていて、10人ほどの講演もあったんですが、講演者は全員白衣を着ていて、10人のうち8人が女性でした。女性蔑視的なトランプ政権への批判ですから、そういうことを考えてやっていたんだと思います。気候問題に関する運動に長く関わっているアフリカ系の高校生の女の子、イラン系の移民2世で今は生物学を研究している大学生、インディアン出身の女性で博士号を取っている科学者、そういう人達を集めて、科学というものが多様な血筋の人達によって支えられているんだということが一目で分かる、非常に良く出来た演出になっている。科学が環境問題なども含めて世界を救うんだということを非常に鼓舞するものになっているわけです。
ただ、これで盛り上がる人もいるんですがその一方で、これがトランプ支持者に対して有効なアピールになっているのかどうかとなると、ここは是非後でご議論いただきたいところなんですが、若干疑問があって、ヒーローモデルが有効かどうかは少し考えた方がいいかなというのが私の感想です。科学を代表することと、科学者コミュニティを代表することというのは別の問題で、気候変動の問題が重要だと科学者が言う時に、一般の人が抱くだろう感覚としては、『自分の研究費が欲しいから言っているんじゃないの』となることもあり得ます。そこをどう丁寧に説明していくか、あるいは科学者の倫理綱領のようなものをきっちり作って、説明責任を果たしていくのかという議論はヨーロッパではもっと活発なんですが、アメリカではまだちょっと弱いかなという印象は受けました。
社会的包摂という意味では、例えばハーバード大学にマイノリティが応募すると、若干下駄を履かせてもらって入学できるという、affirmative actionと言いますが、そんな制度もあります。これは科学の対話性を維持するという意味では良いことなんですが、一方で年収が低くて大学に行けない白人の学生もいます。ハーバードのような有名大学は今300万、400万(円)の学費がかかるということで、お金を理由に大学に行けないような人から見ると、不公平ではないかという意見も当然出てきます(註:日系・中国系・東南アジア系などを含むアジア系アメリカ人は有色人種の中でもマイノリティに含まれていません。affirmative actionには白人に対する逆差別としてだけではなく、マイノリティとされる人々の間の格差を助長しているという批判もあります)。大学に行ける可能性の格差解消はもう少しきちんと考えなければいけないもので、これはアメリカの話ですが、日本でも同じようなことが今後起こるだろうなと思っています。
科学を代表するということで言うと、研究倫理のようなものもきちんと議論していかなければならないだろうということで、今回も科学が社会にアドバイスをする時の倫理綱領の原型になるブリュッセル宣言についての議論をしていたんですけど、日本にはあまり紹介されていない。議論自体には日本の研究者も参加はしているんですが、あまり日本で話題にしないし、本来なら日本語の翻訳をきちんと作って社会に問うていくべきなんだと思いますが、皆さん忙しいということもあってそういう労力を掛けられる人が今いない。こういうわけで、こういうグローバルな議論から日本はちょっと取り残されているんじゃないかなという危惧を感じました。
駆け足になりましたが、大体そんなところで今回の感想とご報告です。

次記事を読む≫

このテーマの記事一覧

  1. トランプ・ショック――アメリカの研究開発関連予算の大幅カット
  2. トランプ政権を生んだもの:アメリカの政治・宗教事情
  3. 2017年2月、AAAS年次大会出席報告
  4. アンチ・トランプで科学者結束。細かな論議には温度差も
  5. フロアディスカッション その1
  6. フロアディスカッション その2
  7. フロアディスカッション その3:AAASポリシーフォーラム参加報告
  8. フロアディスカッション その4(終)

Related post

未知の物質 ダークマターを宇宙ではなく身の回りで見つけたい

未知の物質 ダークマターを宇宙ではなく身の回りで見つけたい

この広大な宇宙は多くの謎に包まれています。その未知の存在の1つが『ダークマター』であり、銀河の回転速度を観測した結果などから、その存在のみが証明されています。安逹先生は宇宙でもなく、身近な場所で、そして、加速器すら使わずにダークマターを見ようとしているのです。いったいどのようにしてダークマターを見つけるのでしょうか。ぜひ、その驚くべき手法とアイデアを動画で確認してみてください。
チベットの研究を通して見えてきたもの

チベットの研究を通して見えてきたもの

自分自身のしたいことを貫いて進んできた井内先生だからこそ見える世界、今後、チベットの研究をより多くの方に知っていただく活動にもたくさん力を入れていくそうです。これまで歴史の研究について、そして、チベットのことあまり知らないという人にもぜひとも見ていただきたい内容です。
チベット史の空白を明らかにしたい 日本のチベット研究者

チベット史の空白を明らかにしたい 日本のチベット研究者

0世紀から13世紀頃までのチベットでは、サンスクリット語からチベット語に膨大な数の経典が翻訳され、様々なチベット独自の宗派が成立したことから「チベットのルネッサンス」と呼ばれますが、この時代について書かれている同時代史料がほとんどありません。この「チベット史の空白」を明らかにしようと、日々研究されている京都大学白眉センター特定准教授の井内真帆先生にお話を伺っていきます。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *