その研究は社会の何に役立つのですか?
- オピニオンインパクト日本語記事
- February 14, 2020
「その研究は社会の何に役立つのですか?」
「質問がよくわかりません。それはどういう意味でしょうか?」
これはノーベル物理学賞受賞者の東京大学梶田隆章教授が、あるイベントで学生と交わした言葉として知られています。
私自身も梶田教授に直接インタビューをしたことがあり、この件についてお話しをされていたので、良く覚えています。梶田教授の研究内容は素粒子の解明であり社会に応用する前提で研究されていない事は誰でも理解できると思います。このエピソードは瞬く間にネットで広がり、アカデミアにいる多くの研究者が梶田先生に賛同されていました。
「研究は社会の役に立たないんだ。」というコメントを見ていて、私は少し違和感を覚えました。全ての研究が社会の役に立つ訳ではないと考えるのは当然だと思います。真理を追究するのが、本来研究者が行うべき事で、世の中の役に立つか立たないかしか考えないなら、民間の研究者になればいいと言うのも理解できます。
しかし最初から研究は社会の役に立たないと言い切ると、確実に役に立たないのもになると思います。
日本社会ではいつからか何をするにも社会へ還元する事が当然の事と期待されており、学術業界も完全にその波に飲まれています。
「論文数を増やす、大学ランキングを上げる、特許収入を上げる、共同研究を増やす」など、様々なプレッシャーと戦う日本の大学を見ておりますが、実はこれは何も日本だけの問題ではなく、科学技術先進国は軒並み自分たちの存在意義を示すように求められています。
今回取材をした英国は、大学数が約160でそのほぼ全てが国立大学であり、多額の税金によって運営されています。それゆえ、日本以上に厳しい目が国から向けられており、政府も大学に改革を迫る政策を策定してきております。
本号でご紹介したインパクト評価はまさに大学に改革を迫った新しい事例だと思います。詳細記事をご覧になられたのでおわかりになると思いますが、何も急に社会の役に立つ研究をしなさいという話ではなく、常に社会と接点を持ちながら研究をして、大学も社会一部なんだと意識しながら研究をしてもらいたいと国は考えているようです。
4大学のインパクトオフィサーとのインタビューをして感じた共通点は、今までになかった全く新しい試みにも関わらず好意的に取られている点、また全体的に大学の意識がかわったとはっきり感じている点、最後に皆さん所属研究者と一緒に最高の仕事をしようと熱い情熱を持ったインパクトオフィサーであった点です。
自らを変えていく事には常に痛みが伴います。面倒でやりたくないと感じると思います。何をしていいかわからず途方に暮れる事もあると思います。これらを事前に理解しながら改革を進めた英国政府と大学関係者には脱帽です。
今まで各国の研究者にお会いしてきましたが、どこの国でも大学は聖域と考えられている印象を持ちました。その研究者に「社会的なインパクトをしっかり示してください。あなた方の研究がどう社会に繋がるかを説明するのはあなた方の責任です」と言い切る英国政府は本当に革新的です。
また世界に目を向けると既にオーストラリアと香港が同様にインパクト評価を導入しています。この流れは今後世界中に広がる可能性が高く、私も今年9月日本で開催されたイベントでインパクト評価についてセミナーを行い、それなりの反響を呼びました。日本政府関係者も既に興味を示しており、数年後に日本で導入されても全く驚きません。
勝手に今後想定される世界の大学シナリオを考えてみました。どこの国であろうが、あまり一般に知られていない大学の研究を、専門用語ばかりの難解文書ではなく、誰にでもわかりやすく説明され、またそれらが及ぼすインパクトがわかれば、もっと研究をサポートしようではないかと国民も感じ、時には直接的なサポート(寄付金、研究助成)も得られると思います。
今は限られた時にしか大学のキャンパスに足を運ばない人々が、ショッピングに行くように大学キャンパスに集まるかもしれません。情報発信をすればするほど逆に情報が集まり、開かれたキャンパスになればなるほど新しいアイディア、人材そして資金が集まると思います。
アメリカだとスタンフォード大学が企業する登竜門のような存在になっていますが、千差万別色々なキャラを持った大学になっていく可能性があるし、そうなった方が多様性があり面白いです。
オンライン講座も当たり前になっている現在の世の中で、10年後の大学の在り方は大きく変わると思います。世界中の講座がネット受講できたらわざわざキャンパスに行く必要などないです。ネットワーク構築や研究施設の利用など、物理的にその場にいないとならないものもありますが、現在は共同利用施設もあり、ネットワークはその気になれば様々な場に行く事が出来ます。
このように時代の変化に応じて世の中は常に変わってきており、大学が近い将来大きく様変わりすると思います。その序章として英国で導入されたインパクト評価は、どこの国にとっても参考になる、ある種の社会実験だと思います。
仮に日本でインパクト評価が導入されたら、冒頭に書いた質問はどうなるのでしょうか?その上でも「やはり研究は社内の役に立つものではない」と結論が出たら、それはそれで全く問題はないと思います。大切なのはその結論に至るプレセスを踏む事です。
取材したインパクトオフィサーから数多くいただいたお話しが「インパクト評価を導入後は研究者間で議論する際に、皆さん常に社会的インパクトを考えながら話をしています。これ自体が大きなインパクトです。」でした。この英国発の試みが今後世界にどう広がるか、注視していきたいと思います。
香港がちょうど今導入していると聞いていますので、効果がみられる頃に取材をしてみて、英国との違いや国特有のインパクトについて、いつかこの場でご報告したいと思います。
雑誌「ScienceTalks」の「インパクト評価へ向け活気づく取り組み REF 2014から大学が得たものとは」より転載。