メンタルヘルスに及ぼす様々な問題についての認知度は世界的に高まっており、一般社会においては、これらの問題への取り組みが重要視されています。この関心の高まりは数々の研究成果に裏打ちされていると言えるでしょう。ところが皮肉なことに、アカデミア内部のメンタルヘルスについては、長らく取り上げられずにいました。 研究者が多くのストレスを抱えていることは言うまでもありません。アカデミア内部での熾烈な競争、論文の出版、研究資金の獲得のみならず、偏見、差別、いじめ、ハラスメントといった普遍的なストレスにもさらされているのです(詳細はこちらをご覧ください)。 アカデミアで成功するための要素は複数ありますが、いかにプレッシャーに対処できるかが、直結的ではないものの重要な要素だと言えるでしょう。しかし、研究者がどのようなプレッシャーを抱えており、それが研究者個人や研究活動全般にどのような影響を与えているのかについては、近年まであまり注目されてきませんでした。従って、メンタルヘルスの研究に対する関心の高まりは、アカデミアにとっても喜ばしい傾向と言えるでしょう。 では、アカデミアにおけるメンタルヘルスについては、現在までに何が解明されているのでしょうか? メンタルヘルスに関する研究および調査の大半は、博士課程の大学院生や若手研究者を対象としており、このことからも、彼等が多くのストレスを抱えており、メンタルヘルスに不調をきたすリスクも高いことを示唆しています。 例えば、カリフォルニア大学バークレー校の大学院生を対象にした2014年の研究によると、臨床的な診断ではないものの、およそ47%が“うつ状態の一歩手前である”ことが分かりました。健康状態に影響を及ぼすもたらすものの上位には、キャリアパス、自己申告による健康状態、生活環境、学術的関与、社会的支援が挙げられました。 また、2017年にベルギーで行われた別の研究も博士課程の大学院生を対象としており、およそ三分の一の学生が“精神的な疾患を発症するリスクが高い”、ないしは発症していると報告しています。これは一般社会における高学歴な人々のグループと比較した場合、より高い有病率を示しています。また、所属している組織の方針がメンタルヘルスに重要な影響を与える要因であると報告しています。さらに、2018年にNature Biotechnologyが出版した研究では、博士課程および修士課程の大学院生と一般社会の人々とを比較した場合、中度から重度までの不安症やうつ病の有病率は、“6倍以上”に達しているという深刻な傾向を報じています。 Natureも博士課程の大学院生を対象とする国際的な調査を隔年で実施しており、10年に渡り博士課程の実体験に関する考察を進めてきました。最新の調査結果によると、多くの学生が博士課程への進学という決断に満足している一方で、過去の調査結果と比較すると満足度は悪化の傾向にあります。この満足度を左右する要因は、指導教官との関係性、論文の出版数、労働時間数、研究指導、ワークライフバランスが挙げられます。また、半数以上の学生が長時間労働に不満を感じており、三分の一以上が不安症やうつ病の治療を受けていると回答しています。およそ五分の一がハラスメントや差別を経験しており、中でも性別や人種に対するいじめが多いと報告されています。 また、回答者のキャリアがどの段階にあるかに関わらず、アカデミア全般に同じような傾向が見られます。Times Higher Educationによる大学職員を対象とした世界規模の調査では、“仕事がメンタルヘルスに悪影響を及ぼしている”と回答したのは、女性では26%、男性では31%に上り、その多くが膨大な仕事量と長時間労働を理由に挙げています。 どの調査や研究にも共通しているのは、研究活動そのものにストレスを引き起こす可能性があるのみならず、アカデミアの環境や慣習も等しく重要であるということでしょう。長時間労働、キャリアパス、報酬体制、サポートの欠如ないしは不十分なサポートが、研究者の健康に深刻な打撃を与えるのです。大学、研究機関、政策決定機関はこれらを十分に理解し、研究者の環境整備と研究活動の支援を促す対応を取るべきであると、一連の研究結果は示しています。 一方で、アカデミアにおけるメンタルヘルスとストレス要因について一層の解明が求められています。なぜ一般社会の人々よりも、アカデミアの有病率が高いのでしょうか?地域や年齢によって違いは見られるのでしょうか?科学の発展や一般社会にどのような影響をもたらすのでしょうか?これらの問題を解決し、研究者の健康や研究の質を高めるために、研究体制や組織の方針はどうあるべきでしょうか? これらの疑問の答えを探すために、カクタス・コミュニケーションズは、2019年の世界メンタルヘルスデー(10月10日)に、研究者のメンタルヘルスに関する調査を開始しました。研究者として喜びや達成感を感じるのはどのようなポイントか、ストレスを引き起こしている原因は何か、そして研究者の環境整備のために組織は何をすべきかといった質問に対して、世界中の研究者から意見が寄せられました。
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